淮南子 / 人間訓
故黃帝亡其玄珠,使離朱、捷剟索之,而弗能得之也,於是使忽怳,而後能得之。聖人敬小慎微,動不失時,百射重戒,禍乃不滋。計福勿及,慮禍過之;同日被霜,蔽者不傷;愚者有備,與知者同功。夫爝火在縹煙之中也,一指所能息也;唐漏若鼷穴,一墣之所能塞也。及至火之燔孟諸而炎雲臺,水決九江而漸荊州,雖起三軍之眾,弗能救也。夫積愛成福,積怨成禍。若癰疽之必潰也,所浼者多矣。
新字:故黄帝亡其玄珠,使離朱、捷剟索之,而弗能得之也,於是使忽怳,而後能得之。聖人敬小慎微,動不失時,百射重戒,禍乃不滋。計福勿及,慮禍過之;同日被霜,蔽者不傷;愚者有備,与知者同功。夫爝火在縹煙之中也,一指所能息也;唐漏若鼷穴,一墣之所能塞也。及至火之燔孟諸而炎雲台,水決九江而漸荊州,雖起三軍之衆,弗能救也。夫積愛成福,積怨成禍。若癰疽之必潰也,所浼者多矣。
書き下し
故に黃帝 其の玄珠を亡い、離朱・捷剟をして之を索めしむるも、之を得る能わざるなり。是に於いて忽怳をして、而る後に能く之を得たり。聖人は小を敬し微を慎み、動きて時を失わず。百射 重ねて戒しめば、禍 乃ち滋らず。福を計るには及ぶこと勿かれ、禍を慮るには之に過ぎよ。日を同じくして霜を被るも、蔽う者は傷つかず。愚者も備え有らば、知者と功を同じくす。夫れ爝火の縹煙の中に在るや、一指の能く息む所なり。唐漏 鼷穴の若きは、一墣の能く塞ぐ所なり。火の孟諸を燔きて雲臺に炎ゆるに至り、水の九江を決して荊州に漸むに及びては、三軍の眾を起こすと雖も、救う能わざるなり。夫れ愛を積めば福を成し、怨を積めば禍を成す。癰疽の必ず潰るるが若きは、浼す所の者 多ければなり。
現代語訳
黄帝が玄珠を失い、目のよい離朱や手先の利く捷剟に探させたが、見つけられなかった。そこで忽怳にやらせて、はじめて見つけることができた。聖人は小さなことを重んじ、微かなことを慎み、動くときに時機を外さない。百度射るたびに戒めを重ねれば、禍は増えない。福を数えるときは控えめに、禍を見積もるときは多めにせよ。同じ日に霜を浴びても、覆いのあるものは傷まない。愚か者でも備えがあれば、知者と同じ結果を得る。松明の火が薄い煙のうちなら、指一本で消せる。堤の漏れが鼠の穴ほどなら、土くれ一つで塞げる。火が孟諸の沢を焼いて雲台まで燃え上がり、水が九江を破って荊州に迫るに至っては、三軍を動員しても救えない。愛を積めば福となり、怨みを積めば禍となる。腫れ物が必ず潰れるように、そこまで濡らしたものが多いからである。
解説
この章句が説くこと
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