淮南子 / 說林訓
故跬步不休,跛鱉千里;累積不輟,可成丘阜。城成於上,木直於下,非有事焉,所緣使然。凡用人之道,若以燧取火,疏之則弗得,數之則弗中,正在疏數之間。從朝視夕者移,從枉準直者虧;聖人之偶物也,若以鏡視形,曲得其情。楊子見逵路而哭之,為其可以南可以北;墨子見練絲而泣之,為其可以黃可以黑。趍舍之相合,猶金石之一調,相去千歲,合一音也。鳥不干防者,雖近弗射;其當道,雖遠弗釋。酤酒而酸,買肉而臭,然酤酒買肉不離屠沽之家,故求物必於近之者。
新字:故跬歩不休,跛鱉千里;累積不輟,可成丘阜。城成於上,木直於下,非有事焉,所縁使然。凡用人之道,若以燧取火,疏之則弗得,数之則弗中,正在疏数之間。従朝視夕者移,従枉準直者虧;聖人之偶物也,若以鏡視形,曲得其情。楊子見逵路而哭之,為其可以南可以北;墨子見練糸而泣之,為其可以黄可以黒。趍舎之相合,猶金石之一調,相去千歳,合一音也。鳥不干防者,雖近弗射;其当道,雖遠弗釈。酤酒而酸,買肉而臭,然酤酒買肉不離屠沽之家,故求物必於近之者。
書き下し
故に跬步 休まざれば、跛鱉も千里。累積 輟まざれば、丘阜を成す可し。城は上に成り、木は下に直し。事有るに非ず、緣る所 然らしむるなり。凡そ人を用うるの道は、燧を以て火を取るが若し。之を疏かにすれば則ち得ず、之を數にすれば則ち中たらず。正に疏數の間に在り。朝より夕を視る者は移り、枉より直を準る者は虧く。聖人の物に偶するや、鏡を以て形を視るが若く、曲さに其の情を得。楊子は逵路を見て之を哭す、其の南す可く北す可きが爲なり。墨子は練絲を見て之に泣く、其の黃なる可く黑なる可きが爲なり。趍舍の相い合するは、猶お金石の一調するがごとし。相い去ること千歲なるも、一音に合するなり。鳥の防を干さざる者は、近しと雖も射ず。其の道に當たれば、遠しと雖も釋てず。酒を酤いて酸く、肉を買いて臭し。然れども酒を酤い肉を買うは屠沽の家を離れず。故に物を求むるは必ず之に近き者に於いてす。
現代語訳
半歩ずつでも休まなければ、足の不自由な亀でも千里を行く。積むことをやめなければ、丘を作ることもできる。城壁は上へ向かって成り、木は下から真っ直ぐになる。特別なことがあるのではない。拠っているものがそうさせるのである。およそ人を用いる道は、火起こしで火を取るようなものだ。おろそかにすれば火は起きず、急かしすぎれば当たらない。ちょうど疎と密のあいだにある。朝の位置から夕方を見れば影はずれ、曲がったものを基準に真っ直ぐを測れば狂う。聖人が物に向かうときは、鏡で形を見るように、その実情をありのままに得る。楊子は分かれ道を見て泣いた、南にも北にも行けるからである。墨子は白糸を見て泣いた、黄にも黒にも染まるからである。進むと退くとが合うのは、金と石の音が調子を合わせるようなものだ。千年隔たっていても、一つの音に合う。鳥が仕掛けの内に入ってこないなら、近くても射ない。射線に入れば、遠くても放つ。酒を買えば酸っぱく、肉を買えば臭いことがある。それでも酒や肉を買うのに、酒屋や肉屋を離れることはない。だから物を求めるのは、必ずそれに近いところにおいてである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・先進篇子貢問う、「師と商とは孰れか賢れる。」子曰く、「師や過ぎたり、商や及ばず。」曰く、「然らば則ち師愈れるか。」子曰く、「過ぎたるは猶お及ばざるがごとし。」
-
『韓非子』難一第三十六今赫は僅かに驕侮せざるのみにして、襄子之を賞するは、是れ賞を失うなり。明主は賞を無功に加えず、罰を無罪に加えず。
-
孫子・始計篇一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。
-
論語・郷党篇食は精を厭わず、膾は細きを厭わず。食の饐して餲せると、魚の餒れて肉の敗れたるとは、食らわず。色悪しきは食らわず、臭悪しきは食らわず。飪を失えるは食らわず、時ならざるは食らわず。割正しからざるは食らわず、其の醬を得ざれば食らわず。肉は多しと雖も、食気に勝たしめず。唯だ酒は量無きも、乱に及ばず。沽える酒と市える脯とは食らわず。薑を撤てて食らい、多くは食らわず。公に祭れば、肉を宿さず。祭肉は三日を出ださず。三日を出ずれば、之を食らわず。食らうに語らず、寝ぬるに言わず。疏食菜羹瓜と雖も祭れば、必ず斉如たり。
-
論語・憲問篇子路、成人を問う。子曰く、「臧武仲の知、公綽の不欲、卞荘子の勇、冉求の芸の若き、之を文るに礼楽を以てせば、亦た以て成人と為す可し。」曰く、「今の成人なる者は、何ぞ必ずしも然らん。利を見ては義を思い、危うきを見ては命を授け、久要平生の言を忘れざれば、亦た以て成人と為す可し。」
-
『韓非子』問辯第四十一或るひと問いて曰く、「辯は安くにか生ずる。」対えて曰く、「上の不明に生ずるなり。」