淮南子 / 說林訓
捨茂林而集於枯,不弋鵠而弋烏,難與有圖。寅丘無壑,泉原不溥;尋常之壑,灌千頃之澤。見之明白,處之如玉石;見之闇晦,必留其謀。以天下之大,託於一人之才,譬若懸千鈞之重於木之一枝。負子而登牆,謂之不祥,為其一人隕而兩人傷。善舉事者,若乘舟而悲歌,一人唱而千人和。不能耕而欲黍粱,不能織而喜采裳,無事而求其功,難矣。有榮華者必有憔悴,有羅紈者必有麻蒯。
新字:捨茂林而集於枯,不弋鵠而弋烏,難与有図。寅丘無壑,泉原不溥;尋常之壑,灌千頃之沢。見之明白,処之如玉石;見之闇晦,必留其謀。以天下之大,託於一人之才,譬若懸千鈞之重於木之一枝。負子而登牆,謂之不祥,為其一人隕而両人傷。善舉事者,若乗舟而悲歌,一人唱而千人和。不能耕而欲黍粱,不能織而喜采裳,無事而求其功,難矣。有栄華者必有憔悴,有羅紈者必有麻蒯。
書き下し
茂林を捨てて枯に集まり、鵠を弋せずして烏を弋するは、與に圖ること有り難し。寅丘に壑無ければ、泉原 溥からず。尋常の壑も、千頃の澤に灌ぐ。之を見ること明白なれば、之に處ること玉石の如し。之を見ること闇晦なれば、必ず其の謀を留む。天下の大を以て、一人の才に託するは、譬えば千鈞の重を木の一枝に懸くるが若し。子を負いて牆に登るは、之を不祥と謂う。其の一人 隕ちて兩人 傷るるが爲なり。善く事を舉ぐる者は、舟に乘りて悲歌するが若し。一人 唱えて千人 和す。耕す能わずして黍粱を欲し、織る能わずして采裳を喜ぶ。事無くして其の功を求むるは、難し。榮華有る者は必ず憔悴有り、羅紈有る者は必ず麻蒯有り。
現代語訳
茂った林を捨てて枯れ木に集まり、白鳥を狙わずに烏を狙う。そういう者とはともに事を図りがたい。大きな丘に谷がなければ、泉の源は広がらない。ありふれた小さな谷でも、千頃の沢を潤す。物事がはっきり見えていれば、玉や石を扱うように腰を据えていられる。見えているものが暗ければ、必ずその計画は留めておく。天下の大きさを一人の才に託すのは、たとえば千鈞の重さを木の一枝に懸けるようなものだ。子を背負って塀に登るのを不吉という。一人が落ちれば二人が傷つくからである。うまく事を起こす者は、舟に乗って歌を歌うようなものだ。一人が唱えれば千人が和す。耕せないのに黍や粱を欲しがり、織れないのに彩りの裳を喜ぶ。何もせずに成果を求めるのは、難しい。栄華のあるところには必ずやつれがあり、上等の絹があるところには必ず粗い麻がある。
解説
この章句が説くこと
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