淮南子 / 說林訓
食其食者不毀其器,食其實者不折其枝。塞其源者竭,背其本者枯。交畫不暢,連環不解,其解之不以解。臨河而羨魚,不如歸家織網。明月之珠,蛖之病而我之利;虎爪象牙,禽獸之利而我之害。易道良馬,使人欲馳;飲酒而樂,使人欲歌。是而行之,故謂之斷;非而行之,必謂之亂。矢疾,不過二里也;步之遲,百舍不休,千里可致。聖人處於陰,眾人處於陽;聖人行於水,眾人行於霜。異音者不可聽以一律,異形者不可合於一體。農夫勞而君子養焉,愚者言而智者擇焉。
新字:食其食者不毀其器,食其実者不折其枝。塞其源者竭,背其本者枯。交画不暢,連環不解,其解之不以解。臨河而羨魚,不如帰家織網。明月之珠,蛖之病而我之利;虎爪象牙,禽獣之利而我之害。易道良馬,使人欲馳;飲酒而楽,使人欲歌。是而行之,故謂之断;非而行之,必謂之乱。矢疾,不過二里也;歩之遅,百舎不休,千里可致。聖人処於陰,眾人処於陽;聖人行於水,眾人行於霜。異音者不可聴以一律,異形者不可合於一体。農夫労而君子養焉,愚者言而智者択焉。
書き下し
其の食を食らう者は其の器を毀たず、其の實を食らう者は其の枝を折らず。其の源を塞ぐ者は竭き、其の本に背く者は枯る。交畫は暢びず、連環は解けず。其の之を解くは解くを以てせず。河に臨みて魚を羨むは、家に歸りて網を織るに如かず。明月の珠は、蛖の病にして我の利なり。虎爪 象牙は、禽獸の利にして我の害なり。道を易くし馬を良くすれば、人をして馳せんと欲せしむ。酒を飲みて樂しめば、人をして歌わんと欲せしむ。是として之を行う、故に之を斷と謂う。非として之を行う、必ず之を亂と謂う。矢の疾きも、二里に過ぎず。步の遲きも、百舍 休まざれば、千里も致す可し。聖人は陰に處り、眾人は陽に處る。聖人は水を行き、眾人は霜を行く。音を異にする者は聽くに一律を以てす可からず。形を異にする者は一體に合す可からず。農夫 勞して君子 養わる。愚者 言いて智者 擇ぶ。
現代語訳
その食事をもらう者は器を壊さず、その実を食べる者は枝を折らない。源を塞ぐ者は涸れ、根本に背く者は枯れる。交差した線はほどけず、連なった環は解けない。それを解くのは、解こうとすることによってではない。川に臨んで魚を羨むのは、家に帰って網を編むのに及ばない。輝く真珠は、蛤にとっては病だが私にとっては利である。虎の爪や象の牙は、獣にとっては利だが私にとっては害である。道を平らにし馬をよくすれば、人は駆けたくなる。酒を飲んで楽しくなれば、人は歌いたくなる。正しいと見て行う、だからこれを決断という。間違いと知りながら行う、これは必ず乱という。矢は速いが、二里より遠くへは飛ばない。歩みは遅いが、百宿を休まず続ければ、千里にも達する。聖人は陰にいて、多くの人は陽にいる。聖人は水の上を行き、多くの人は霜の上を行く。音の違うものを、一つの調子で聴くことはできない。形の違うものを、一つの体に合わせることはできない。農夫が働いて君子が養われる。愚か者が言って、知者が選ぶ。
解説
この章句が説くこと
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