淮南子 / 說林訓
質的張而弓矢集,林木茂而斧斤入,非或召之,形勢所致者也。待利而後拯溺人,亦必以利溺人矣。舟能沉能浮,愚者不加足。騏驥驅之不進,引之不止,人君不以取道里。刺我行者,欲與我交;訾我貨者,欲與我市。以水和水不可食,一絃之瑟不可聽。駿馬以抑死,直士以正窮;賢者擯於朝,美女擯於宮。行者思於道,而居者夢於床;慈母吟於巷,適子懷於荊。赤肉懸則烏鵲集,鷹隼鷙則眾鳥散,物之散聚,交感以然。
新字:質的張而弓矢集,林木茂而斧斤入,非或召之,形勢所致者也。待利而後拯溺人,亦必以利溺人矣。舟能沈能浮,愚者不加足。騏驥駆之不進,引之不止,人君不以取道里。刺我行者,欲与我交;訾我貨者,欲与我市。以水和水不可食,一絃之瑟不可聴。駿馬以抑死,直士以正窮;賢者擯於朝,美女擯於宮。行者思於道,而居者夢於床;慈母吟於巷,適子懐於荊。赤肉懸則烏鵲集,鷹隼鷙則衆鳥散,物之散聚,交感以然。
書き下し
質的 張られて弓矢 集まり、林木 茂りて斧斤 入る。或るもの之を召くに非ず、形勢の致す所の者なり。利を待ちて而る後に溺るる人を拯わば、亦た必ず利を以て人を溺れしめん。舟は能く沉み能く浮かぶも、愚者は足を加えず。騏驥も之を驅れども進まず、之を引けども止まらざれば、人君は以て道里を取らず。我が行を刺る者は、我と交わらんと欲するなり。我が貨を訾る者は、我と市せんと欲するなり。水を以て水に和すれば食らう可からず。一絃の瑟は聽く可からず。駿馬は抑を以て死し、直士は正を以て窮す。賢者は朝に擯けられ、美女は宮に擯けらる。行く者は道に思い、居る者は床に夢む。慈母は巷に吟じ、適子は荊に懷う。赤肉 懸かれば則ち烏鵲 集まり、鷹隼 鷙たれば則ち眾鳥 散ず。物の散聚は、交々感じて然るなり。
現代語訳
的が張られれば矢が集まり、林の木が茂れば斧が入る。誰かが招いたのではない。かたちと勢いがそうさせるのである。利益を当てにしてから溺れる人を救うなら、必ず利益のために人を溺れさせもするだろう。舟は沈むことも浮かぶこともできるが、愚か者は足を踏み出さない。駿馬でも、追い立てても進まず、引いても止まらないなら、君主は道のりを託さない。私の行いをそしる者は、私と交わりたいのである。私の品物をけなす者は、私と取引したいのである。水に水を混ぜても食えたものではない。一本の弦だけの琴は聴けたものではない。駿馬は抑えつけられて死に、まっすぐな士は正しさゆえに行き詰まる。賢者は朝廷から退けられ、美女は宮中から退けられる。旅に出た者は道で家を思い、家にいる者は床で旅を夢に見る。慈母は町なかで嘆き、旅立った子は荊の地で母を思う。赤い肉が吊るされれば烏や鵲が集まり、鷹や隼が荒れれば鳥たちは散る。物が散り集まるのは、互いに感じ合ってそうなるのである。
解説
この章句が説くこと
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