淮南子 / 說林訓
木方茂盛,終日采而不知;秋風下霜,一夕而殫。病熱而強之餐,救暍而飲之寒,救經而引其索,拯溺而授之石,欲救之,反為惡。雖欲謹亡馬,不發戶轔;雖欲豫就酒,不懷蓐。孟賁探鼠穴,鼠無時死,必噬其指,失其勢也。山雲蒸,柱礎潤;伏苓掘,兔絲死。一家失熛,百家皆燒;讒夫陰謀,百姓暴骸。粟得水濕而熱,甑得火而液,水中有火,火中有水。疾雷破石,陰陽相薄。湯沐之於河,有益不多。流潦注海,雖不能益,猶愈於已。
新字:木方茂盛,終日采而不知;秋風下霜,一夕而殫。病熱而強之餐,救暍而飲之寒,救経而引其索,拯溺而授之石,欲救之,反為悪。雖欲謹亡馬,不発戸轔;雖欲予就酒,不懐蓐。孟賁探鼠穴,鼠無時死,必噬其指,失其勢也。山雲蒸,柱礎潤;伏苓掘,兔糸死。一家失熛,百家皆焼;讒夫陰謀,百姓暴骸。粟得水湿而熱,甑得火而液,水中有火,火中有水。疾雷破石,陰陽相薄。湯沐之於河,有益不多。流潦注海,雖不能益,猶愈於已。
書き下し
木の方に茂盛するや、終日 采るも知らず。秋風 霜を下せば、一夕にして殫く。熱を病みて之に強いて餐せしめ、暍を救うに之に寒を飲ましめ、經を救うに其の索を引き、溺を拯うに之に石を授くるは、之を救わんと欲して、反って惡を爲すなり。馬を亡うを謹まんと欲すと雖も、戶轔を發かず。豫め酒に就かんと欲すと雖も、蓐を懷かず。孟賁 鼠穴を探るも、鼠 時として死せず、必ず其の指を噬むは、其の勢を失えばなり。山雲 蒸せば、柱礎 潤う。伏苓 掘らるれば、兔絲 死す。一家 熛を失えば、百家 皆な燒く。讒夫 陰かに謀れば、百姓 骸を暴す。粟は水濕を得て熱し、甑は火を得て液す。水中に火有り、火中に水有り。疾雷 石を破るは、陰陽 相い薄ればなり。湯沐の河に於けるは、益有るも多からず。流潦の海に注ぐは、益する能わずと雖も、猶お已むに愈る。
現代語訳
木がまさに茂っているときは、一日じゅう採っても減ったと気づかない。秋風が霜を降ろせば、一夜で尽きてしまう。熱を病む者に無理に食わせ、暑気あたりの者に冷たいものを飲ませ、首をくくった者を助けようとして縄を引き、溺れる者を救おうとして石を渡す。救おうとして、かえって害をなすのである。馬を失わないようにと思っても、戸の敷居を開けておかない。前もって酒宴に備えようとしても、敷物を用意しない。孟賁が鼠の穴に手を入れても、鼠は死にはせず、必ずその指を噛む。力の利く勢いを失っているからである。山に雲が湧けば、柱の礎石が湿る。茯苓が掘り出されれば、その上のねなしかずらが枯れる。一軒が火の粉を出せば、百軒がみな焼ける。讒言する者がひそかに謀れば、民は骨を野にさらす。粟は湿気を得て熱を持ち、甑は火を得て水を垂らす。水の中に火があり、火の中に水がある。激しい雷が石を砕くのは、陰陽がせめぎ合うからである。湯浴みの水を黄河に注いでも、益は多くない。たまり水が海に注いでも、増やすことはできないが、それでも何もしないよりはましである。
解説
この章句が説くこと
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