淮南子 / 說林訓
扶之與提,謝之與讓,故之與先,諾之與已也,之與矣,相去千里。汙準而粉其顙;腐鼠在壇,燒薰於宮;入水而憎濡,懷臭而求芳;雖善者弗能為工。再生者不穫,華大旱者不胥時落。毋曰不幸,甑終不墮井。抽簪招燐,有何為驚!使人無度河,可;中河使無度,不可。見虎一文,不知其武;見驥一毛,不知善走。水蠆為蟌,孑孑為蚊,兔齧為螚,物之所為,出於不意,弗知者驚,知者不怪。銅英青,金英黃,玉英白,𢊱燭捔,膏燭澤也,以微知明,以外知內。象肉之味不知於口,鬼神之貌不著於目,捕景之說不形於心。冬冰可折,夏木可結,時難得而易失。
新字:扶之与提,謝之与譲,故之与先,諾之与已也,之与矣,相去千里。汚準而粉其顙;腐鼠在壇,焼薫於宮;入水而憎濡,懐臭而求芳;雖善者弗能為工。再生者不穫,華大旱者不胥時落。毋曰不幸,甑終不堕井。抽簪招燐,有何為驚!使人無度河,可;中河使無度,不可。見虎一文,不知其武;見驥一毛,不知善走。水蠆為蟌,孑孑為蚊,兔齧為螚,物之所為,出於不意,弗知者驚,知者不怪。銅英青,金英黄,玉英白,𢊱燭捔,膏燭沢也,以微知明,以外知内。象肉之味不知於口,鬼神之貌不著於目,捕景之説不形於心。冬冰可折,夏木可結,時難得而易失。
書き下し
扶と提と、謝と讓と、故と先と、諾と已と、之と矣と、相い去ること千里なり。準を汙して其の顙に粉し、腐鼠 壇に在りて薰を宮に燒き、水に入りて濡るるを憎み、臭を懷きて芳を求むるは、善き者と雖も工を爲す能わず。再生する者は穫らず、華 大旱なる者は時を胥たずして落つ。不幸と曰う毋かれ、甑 終に井に墮ちず。簪を抽きて燐を招くも、何の驚くこと爲らんや。人をして河を度ること無からしむるは可なり。中河にして度ること無からしむるは不可なり。虎の一文を見て、其の武を知らず。驥の一毛を見て、善く走るを知らず。水蠆は蟌と爲り、孑孑は蚊と爲り、兔齧は螚と爲る。物の爲す所、不意より出づ。知らざる者は驚き、知る者は怪しまず。銅の英は青く、金の英は黃に、玉の英は白し。𢊱燭は捔にして、膏燭は澤あり。微を以て明を知り、外を以て內を知る。象肉の味は口に知られず、鬼神の貌は目に著れず、景を捕うるの說は心に形れず。冬の冰は折る可く、夏の木は結ぶ可し。時は得難くして失い易し。
現代語訳
扶けると提げる、詫びると譲る、故と先、諾と已、之と矣——似ていても、隔たりは千里である。鼻筋を汚したまま額に白粉をつけ、腐った鼠を祭壇に置いたまま御殿で香を焚き、水に入りながら濡れるのを嫌い、悪臭を抱えたまま芳しさを求める。これでは上手な者でも仕上げられない。二度実った作物は収穫できず、大旱に咲いた花は時を待たずに落ちる。不運だと言ってはいけない。甑がひとりでに井戸に落ちることはないのだ。簪を抜いて鬼火を招いたからといって、何を驚くことがあろう。人に川を渡らせないようにするのはよい。川の半ばまで来た者に渡るなと言うのはいけない。虎の縞を一本見ただけでは、その猛々しさは分からない。駿馬の毛を一本見ただけでは、よく走るかは分からない。やごは蜻蛉になり、ぼうふらは蚊になり、兔齧は虻になる。物の変化は思いがけないところから出る。知らない者は驚き、知る者は怪しまない。銅の精は青く、金の精は黄、玉の精は白い。松明はぎらつき、油の灯はうるおいがある。微かなものから明らかなものを知り、外から内を知る。象の肉の味は口では分からず、鬼神の姿は目には見えず、影を捕らえるという説は心に像を結ばない。冬の氷は折ることができ、夏の木は曲げることができる。時は得がたく、失いやすい。
解説
この章句が説くこと
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史記 田敬仲完世家田忌曰く、「救はずんば、則ち韓且に折れて魏に入らんとす。蚤く之を救ふに如かず」と。孫子曰く、「夫れ韓・魏の兵未だ獘れずして之を救はば、是れ吾韓に代はりて魏の兵を受け、顧って反りて命を韓に聴くなり。且つ魏に国を破るの志有り。韓亡びんとするを見ば、必ず東面して斉に愬へん。吾因りて深く韓の親しみを結びて晩く魏の獘を承けば、則ち利を重ねて尊名を得べきなり」と。宣王曰く、「善し」と。乃ち陰かに韓の使者に告げて之を遣る。韓因りて斉を恃み、五たび戦ひて勝たず、東のかた国を斉に委ぬ。斉因りて兵を起こし、田忌・田嬰をして将たらしめ、孫子を師と為し、韓・趙を救ひて以て魏を撃ち、大いに之を馬陵に敗り、其の将龐涓を殺し、魏の太子申を虜にす。其の後三晋の王皆田嬰に因りて斉王に博望に朝し、盟ひて去る。七年、魏王と平阿の南に会す。明年、復た甄に会す。魏の恵王卒す。明年、魏の襄王と徐州に会し、諸侯相王とす。十年、楚我が徐州を囲む。十一年、魏と趙を伐つ。趙河水を決して斉・魏に灌ぐ。兵罷む。十八年、秦の恵王王と称す。宣王文学游説の士を喜ぶ。騶衍・淳于髡・田駢・接子・慎到・環淵の徒の如きより七十六人、皆列第を賜ひ、上大夫と為し、治めずして議論せしむ。是を以て斉の稷下の学士復た盛んにして、且に数百千人ならんとす。十九年、宣王卒し、子湣王地立つ。湣王元年、秦張儀をして諸侯の執政と齧桑に会せしむ。三年、田嬰を薛に封ず。四年、婦を秦に迎ふ。七年、宋と魏を攻め、之を観沢に敗る。十二年、魏を攻む。楚雍氏を囲む。秦屈丐を敗る。蘇代、田軫に謂ひて曰く、「臣願はくは公に謁する有らん。其の事を為すこと甚だ完し。楚をして公を利せしめ、成れば福と為り、成らずとも亦福と為さん。
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人生を、一行の式にしてみた。
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