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淮南子 / 說林訓

見象牙乃知其大於牛,見虎尾乃知其大於狸,一節見而百節知也。小國不鬥於大國之間,兩鹿不鬥於伏兕之旁。佐祭者得嘗,救鬥者得傷。蔭不祥之木,為雷電所撲。或謂冢,或謂隴;或謂笠,或謂簦。頭蝨與空木之瑟,名同實異也。日月欲明而浮雲蓋之,蘭芝欲修而秋風敗之。虎有子,不能搏攫者,輒殺之,為墮武也。龜紐之璽,賢者以為佩;土壤布在田,能者以為富。予拯溺者金玉,不若尋常之纏索。

新字:見象牙乃知其大於牛,見虎尾乃知其大於狸,一節見而百節知也。小国不鬥於大国之間,両鹿不鬥於伏兕之旁。佐祭者得嘗,救鬥者得傷。蔭不祥之木,為雷電所撲。或謂冢,或謂隴;或謂笠,或謂簦。頭蝨与空木之瑟,名同実異也。日月欲明而浮雲蓋之,蘭芝欲修而秋風敗之。虎有子,不能搏攫者,輒殺之,為堕武也。亀紐之璽,賢者以為佩;土壤布在田,能者以為富。予拯溺者金玉,不若尋常之纏索。

書き下し

象牙を見て乃ち其の牛より大なるを知り、虎尾を見て乃ち其の狸より大なるを知る。一節 見えて百節 知らるるなり。小國は大國の間に鬥わず、兩鹿は伏兕の旁に鬥わず。祭を佐くる者は嘗むるを得、鬥を救う者は傷つくを得。不祥の木に蔭れば、雷電の撲つ所と爲る。或いは冢と謂い、或いは隴と謂う。或いは笠と謂い、或いは簦と謂う。頭蝨と空木の瑟とは、名 同じくして實 異なるなり。日月は明らかならんと欲するも浮雲 之を蓋い、蘭芝は修まらんと欲するも秋風 之を敗る。虎に子有りて、搏攫する能わざる者は、輒ち之を殺す。武を墮るを爲せばなり。龜紐の璽は、賢者 以て佩と爲す。土壤 田に布くは、能者 以て富と爲す。溺るる者を拯うに金玉を予うるは、尋常の纏索に若かず。

現代語訳

象牙を見て牛より大きいと知り、虎の尾を見て狸より大きいと知る。ひと節が見えれば百節が分かる。小国は大国のあいだで争わず、二頭の鹿は兕が伏せているそばで争わない。祭りを手伝う者は供物を味わえ、喧嘩の仲裁に入る者は怪我をする。不吉な木の下に宿れば、雷に打たれる。同じものを、ある地では冢と呼び、ある地では隴と呼ぶ。ある地では笠と呼び、ある地では簦と呼ぶ。頭の虱と中空の木の琴は、名が同じで実が違う。日と月は明るくあろうとするが浮雲が覆い、蘭や芝は伸びようとするが秋風が損なう。虎は子を産んで、獲物を打ち取れないものがいれば、すぐ殺してしまう。武を損なうからである。亀の紐のついた印璽は、賢者はこれを身の飾りとする。田に敷かれた土は、有能な者はこれを富とする。溺れている者を救うのに金や玉を与えるのは、ありふれた一本の縄に及ばない。

解説

「溺るる者を拯うに金玉を予うるは、尋常の纏索に若かず」。値打ちのあるものが、その場で役に立つとは限らない。手前の「一節 見えて百節 知らるる」と対になっていて、片方は小さな手がかりから大きさを読む話、こちらは大きな価値が用をなさない話です。「鬥を救う者は傷つくを得」も現実的で、仲裁に入れば怪我をする——それでも祭りを手伝えば供物にありつく、と並べて置かれています。

この章句が説くこと

象牙を見て乃ち其の牛より大なるを知り一節見えて百節知らるるなり小国は大国の間に鬥わず両鹿は伏兕の旁に鬥わず祭を佐くる者は嘗むるを得鬥を救う者は傷つくを得日月は明らかならんと欲するも浮雲之を蓋い蘭芝は修まらんと欲するも秋風之を敗る溺るる者を拯うに金玉を予うるは尋常の纏索に若かず実用

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