淮南子 / 說山訓
裨諶出郭而知,以成子產之事。朱儒問徑天高於脩人,脩人曰:「不知。」曰:「子雖不知,猶近之於我。」故凡問事,必於近者。寇難至,躄者告盲者,盲者負而走,兩人皆活,得其所能也。故使盲者語,使躄者走,失其所也。郢人有鬻其母,為請於買者曰:「此母老矣!幸善食之而勿苦。」此行大不義,而欲為小義者。介蟲之動以固,貞蟲之動以毒螫,熊羆之動攫搏,兕牛之動以觝觸,物莫措其所修而用其短也。
新字:裨諶出郭而知,以成子産之事。朱儒問径天高於脩人,脩人曰:「不知。」曰:「子雖不知,猶近之於我。」故凡問事,必於近者。寇難至,躄者告盲者,盲者負而走,両人皆活,得其所能也。故使盲者語,使躄者走,失其所也。郢人有鬻其母,為請於買者曰:「此母老矣!幸善食之而勿苦。」此行大不義,而欲為小義者。介虫之動以固,貞虫之動以毒螫,熊羆之動攫搏,兕牛之動以觝触,物莫措其所修而用其短也。
書き下し
裨諶は郭を出でて知り、以て子產の事を成せり。朱儒 徑ちに天の高きを脩人に問う。脩人曰く「知らず」と。曰く「子 知らずと雖も、猶お之を我に近し」と。故に凡そ事を問うは、必ず近き者に於いてす。寇難 至るや、躄者 盲者に告げ、盲者 負いて走り、兩人 皆な活く。其の能くする所を得ればなり。故に盲者をして語らしめ、躄者をして走らしむるは、其の所を失うなり。郢人に其の母を鬻ぐ者有り。爲に買う者に請いて曰く「此の母 老いたり。幸わくは善く之を食わしめて苦しむること勿かれ」と。此れ大不義を行いて、小義を爲さんと欲する者なり。介蟲の動くは固きを以てし、貞蟲の動くは毒螫を以てし、熊羆の動くは攫搏し、兕牛の動くは觝觸を以てす。物は其の修むる所を措きて其の短なるを用うること莫し。
現代語訳
裨諶は町の外に出ると知恵が働き、それで子産の仕事を成し遂げた。背の低い者が、天の高さを背の高い者に尋ねた。背の高い者は「知らない」と言った。低い者は「あなたは知らないといっても、それでも私よりは天に近い」と言った。だから物を尋ねるときは、必ず近い者に尋ねる。賊が攻めてきたとき、足の萎えた者が目の見えない者に知らせ、目の見えない者が背負って走り、二人とも助かった。それぞれのできることを得たからである。目の見えない者に告げさせ、足の萎えた者に走らせたなら、それぞれの持ち場を失う。郢の人に母を売る者がいた。買い手に頼んで「この母は年寄りです。どうかよく食べさせて、苦しめないでください」と言った。これは大きな不義を行いながら、小さな義を為そうとする者である。甲虫は堅さで動き、針を持つ虫は毒で刺し、熊は掴んで打ち、兕や牛は角で突く。生き物は、得意なものを措いて不得手なものを使うことはしない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・公孫丑章句下孟子曰く、「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず。三里の城、七里の郭、環りて之を攻むれども勝たず。夫れ環りて之を攻むれば、必ず天の時を得る者有らん。然り而して勝たざる者は、是れ天の時、地の利に如かざればなり。城高からざるに非ざるなり。池深からざるに非ざるなり。兵革堅利ならざるに非ざるなり。米粟多からざるに非ざるなり。委して之を去るは、是れ地の利、人の和に如かざればなり。故に曰く、『民を域(かぎる)るに封疆の界を以てせず。國を固むるに山谿の險を以てせず。天下を威すに兵革の利を以てせず。』道を得る者は助け多く、道を失う者は助け寡し。助け寡きの至は、親戚も之に畔く。助け多きの至は、天下も之に順う。天下の順う所を以て、親戚の畔く所を攻む。故に君子は戰わざる有り。戰えば必ず勝つ。」
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孫子・九地篇敢えて問う、兵をして率然の如くならしむべきか。曰く、可なり。夫れ呉人と越人とは相悪むも、其の舟を同じくして済るに当たり、風に遇わば、其の相救うや左右の手の如し。
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孫子・用間篇郷間とは、其の郷人に因りて之を用うるなり。内間とは、其の官人に因りて之を用うるなり。
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孟子・梁惠王章句上孟子、梁の襄王に見ゆ。出でて人に語げて曰く、「之を望むに人君に似ず。之に就くに畏るる所を見ず。卒然として問うて曰く、『天下惡にか定まらん。』吾對えて曰く、『一に定まらん。』『孰か能く之を一にせん。』對えて曰く、『人を殺すを嗜まざる者、能く之を一にせん。』『孰か能く之に與せん。』對えて曰く、『天下與せざる莫きなり。王、夫の苗を知るか。七八月の間、旱すれば、則ち苗槁(かれる)れん。天、油然として雲を作し、沛然として雨を下さば、則ち苗浡然(ボツ・ゼン)として之に興きん。其れ是の如くなれば、孰か能く之を禦(とどめる)めん。今夫れ天下の人牧、未だ人を殺すことを嗜まざる者有らざるなり。如し人を殺すことを嗜まざる者有らば、則ち天下の民皆な領(くび)を引いて之を望まん。誠に是の如くなれば、民の之に歸すること、由ほ水の下きに就きて沛然たるがごとし。誰か能く之を禦めん。』」
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呂氏春秋・用眾②物には固より長有らざる莫く、短有らざる莫し。人も亦た然り。故に善く學ぶ者は、人の長を假りて以て其の短を補う。故に人に假る者は、遂に天下を有つ。
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『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公と韓琦と協謀し、必ず靈夏・横山の地を收復せんと欲す。邉上の謡に曰く、軍中に一韓有り。西賊之を聞きて心骨寒し。軍中に一范有り。西賊之を聞きて驚きて膽を破ると。元昊大いに懼れ、遂に臣と稱す。