呂氏春秋 / 用眾②
物固莫不有長,莫不有短。人亦然。故善學者,假人之長以補其短。故假人者遂有天下。
新字:物固莫不有長,莫不有短。人亦然。故善学者,仮人之長以補其短。故仮人者遂有天下。
書き下し
物には固より長有らざる莫く、短有らざる莫し。人も亦た然り。故に善く學ぶ者は、人の長を假りて以て其の短を補う。故に人に假る者は、遂に天下を有つ。
現代語訳
物にはもともと長所のないものはなく、短所のないものもない。人もまた同じである。ゆえによく学ぶ者は、他人の長所を借りて自分の短所を補う。だから他人の力を借りる者は、ついには天下を保つのである。
解説
この段は、あらゆる物や人には必ず長所も短所もあると説き、よく学ぶ者は他人の長所を借りて自分の短所を補うと論じます。他人の力を上手に借りる者こそ、ついには天下を治めることができる、というのが要点です。「用衆」の思想の核心で、自分一人の能力に頼るのではなく、多くの人の優れた点を集めて活かす姿勢を重んじます。背景には、完全無欠な個人は存在せず、互いの長短を補い合ってこそ大事を成せるという現実的な人間観があります。現代でも、自分の弱みを認めて他者の強みを借り、多様な力を組み合わせるという、リーダーシップやチーム運営の要諦に通じる普遍的な教えとして読むことができます。
この章句が説くこと
用衆長短相補借力協力リーダーシップ
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