孫子 / 用間篇
鄉間者,因其鄉人而用之;內間者,因其官人而用之;
新字:鄉間者,因其鄉人而用之;内間者,因其官人而用之;
書き下し
郷間とは、其の郷人に因りて之を用うるなり。内間とは、其の官人に因りて之を用うるなり。
現代語訳
郷間とは、敵国の住民を通じて情報を得ることである。内間とは、敵の役人を通じて情報を得ることである。
解説
五つの間のうち、最初の二つの定義である。どちらも因という字が使われている。作り出すのではなく、既にそこにいる人に拠る。新たに人を送り込むのではなく、現地に元からいる人を通じて知る、という考え方だ。郷間は住民、内間は役人。同じ敵国の中でも、見えているものが違う。住民には暮らしの実感が見え、役人には制度と決定が見える。両方あって初めて全体像になる。事業の情報収集でも、この二層は分けて考える価値がある。顧客や現場の担当者から見える景色と、決裁権を持つ人から見える景色は違う。片方だけを集めると、実態か建前のどちらかしか分からない。因其鄉人、因其官人という並列は、二つの階層から同時に見よという指示として読める。
この章句が説くこと
因間郷間内間郷人階層協力
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孫子・用間篇故に間を用うるに五有り。郷間有り、内間有り、反間有り、死間有り、生間有り。
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