淮南子 / 說山訓
故使之見者,乃不見者也;使鼓鳴者,乃不鳴者也。嘗一臠肉,知一鑊之味;懸羽與炭,而知燥溼之氣;以小明大。見一葉落,而知歲之將暮;睹瓶中之冰,而知天下之寒;以近論遠。三人比肩,不能外出戶;一人相隨,可以通天下。足蹍地而為跡,暴行而為影,此易而難。莊王誅里史,孫叔敖制冠浣衣;文公棄荏席,後黴黑,咎犯辭歸,故桑葉落而長年悲也。鼎錯日用而不足貴,周鼎不爨而不可賤,物固有以不用而為有用者。地平則水不流,重鈞則衡不傾,物之尤必有所感,物固有以不用為大用者。
新字:故使之見者,乃不見者也;使鼓鳴者,乃不鳴者也。嘗一臠肉,知一鑊之味;懸羽与炭,而知燥溼之気;以小明大。見一葉落,而知歳之将暮;睹瓶中之冰,而知天下之寒;以近論遠。三人比肩,不能外出戸;一人相随,可以通天下。足蹍地而為跡,暴行而為影,此易而難。荘王誅里史,孫叔敖制冠浣衣;文公棄荏席,後黴黒,咎犯辞帰,故桑葉落而長年悲也。鼎錯日用而不足貴,周鼎不爨而不可賤,物固有以不用而為有用者。地平則水不流,重鈞則衡不傾,物之尤必有所感,物固有以不用為大用者。
書き下し
故に之をして見せしむる者は、乃ち見えざる者なり。鼓をして鳴らしむる者は、乃ち鳴らざる者なり。一臠の肉を嘗めて、一鑊の味を知る。羽と炭とを懸けて、燥溼の氣を知る。小を以て大を明らかにするなり。一葉の落つるを見て、歲の將に暮れんとするを知る。瓶中の冰を睹て、天下の寒を知る。近きを以て遠きを論ずるなり。三人 肩を比ぶれば、外に出でて戶する能わず。一人 相い隨えば、以て天下に通ず可し。足 地を蹍みて跡を爲し、暴かに行きて影を爲す。此れ易くして難し。莊王 里史を誅して、孫叔敖 冠を制し衣を浣う。文公 荏席を棄てて、後に黴黑たり。咎犯 辭して歸る。故に桑葉 落ちて長年 悲しむなり。鼎錯は日々に用うるも貴ぶに足らず。周鼎は爨がずして賤しむ可からず。物 固より不用を以て有用と爲す者有り。地 平らかなれば則ち水 流れず。重 鈞しければ則ち衡 傾かず。物の尤は必ず感ずる所有り。物 固より不用を以て大用と爲す者有り。
現代語訳
見えるようにさせているものは、実は見えないものである。太鼓を鳴らしているものは、実は鳴らないものである。一切れの肉を味わって、鍋一杯の味を知る。羽と炭を吊るして、乾湿の気を知る。小さいもので大きいものを明らかにするのである。一枚の葉が落ちるのを見て、年が暮れようとしているのを知る。瓶の中の氷を見て、天下の寒さを知る。近いもので遠いものを論じるのである。三人が肩を並べれば、外に出て戸を通れない。一人ずつ従えば、天下じゅうを行ける。足が地を踏んで跡ができ、急ぎ歩いて影ができる。これは易しくて難しい。荘王が里史を誅すると、孫叔敖は冠を正し衣を洗った。文公が敷物を捨てると、後にかび黒くなり、咎犯は辞して帰った。だから桑の葉が落ちると年長者は悲しむ。鼎や錯は毎日使うが貴ばれない。周の鼎は煮炊きに使わないが賤しめられない。物にはもともと、使わないことによって有用となるものがある。地が平らなら水は流れない。重さが等しければ秤は傾かない。物のきわだちには必ず感じるところがある。物にはもともと、使わないことによって大きな用となるものがある。
解説
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