淮南子 / 說林訓
蔐苗類絮而不可為絮,黂不類布而可以為布。出林者不得直道,行險者不得履繩。羿之所以射遠中微者,非弓矢也;造父之所以追速致遠者,非轡銜也。海內其所出,故能大;輪復其所過,故能遠。羊肉不慕螘,螘慕於羊肉,羊肉羶也;醯酸不慕蚋,蚋慕於醯酸。嘗一臠肉而知一鑊之味,懸羽與炭而知燥濕之氣,以小見大,以近喻遠。十頃之陂可以灌四十頃,而一頃之陂可以灌四頃,大小之衰然。明月之光可以遠望,而不可以細書;甚霧之朝可以細書,而不可以遠望尋常之外。
新字:蔐苗類絮而不可為絮,黂不類布而可以為布。出林者不得直道,行険者不得履縄。羿之所以射遠中微者,非弓矢也;造父之所以追速致遠者,非轡銜也。海内其所出,故能大;輪復其所過,故能遠。羊肉不慕螘,螘慕於羊肉,羊肉羶也;醯酸不慕蚋,蚋慕於醯酸。嘗一臠肉而知一鑊之味,懸羽与炭而知燥湿之気,以小見大,以近喻遠。十頃之陂可以灌四十頃,而一頃之陂可以灌四頃,大小之衰然。明月之光可以遠望,而不可以細書;甚霧之朝可以細書,而不可以遠望尋常之外。
書き下し
蔐苗は絮に類すれども絮と爲す可からず。黂は布に類せざれども以て布と爲す可し。林を出づる者は直道を得ず、險を行く者は繩を履むを得ず。羿の遠きを射て微に中つる所以の者は、弓矢に非ざるなり。造父の速きを追い遠きを致す所以の者は、轡銜に非ざるなり。海は其の出づる所を內る、故に能く大なり。輪は其の過ぐる所を復す、故に能く遠し。羊肉は螘を慕わず、螘は羊肉を慕う。羊肉の羶ければなり。醯酸は蚋を慕わず、蚋は醯酸を慕う。一臠の肉を嘗めて一鑊の味を知り、羽と炭とを懸けて燥濕の氣を知る。小を以て大を見、近きを以て遠きを喻う。十頃の陂は以て四十頃を灌ぐ可く、一頃の陂は以て四頃を灌ぐ可し。大小の衰 然り。明月の光は以て遠望す可きも、以て細書す可からず。甚霧の朝は以て細書す可きも、以て尋常の外を遠望す可からず。
現代語訳
荻の穂は綿に似ているが綿にはできない。麻の実の殻は布に似ていないが布にできる。林を抜ける者は真っ直ぐな道を通れず、険しい道を行く者は墨縄のとおりには歩けない。羿が遠くを射て的の中心に当てられたのは、弓矢のおかげではない。造父が速さを追い遠くへ行けたのは、手綱や轡のおかげではない。海は流れ出たものを受け入れる、だから大きくなれる。車輪は通り過ぎたところを繰り返す、だから遠くまで行ける。羊の肉が蟻を慕うのではなく、蟻が羊の肉を慕う。羊の肉が生臭いからである。酢が蚋を慕うのではなく、蚋が酢を慕う。一切れの肉を味わって鍋一杯の味を知り、羽と炭を吊るして乾湿の気を知る。小さいもので大きいものを見、近いもので遠いものをたとえる。十頃の池なら四十頃を潤せ、一頃の池なら四頃を潤せる。大小の割合はそのとおりである。明るい月の光では遠くを望めるが、細かい字は読めない。深い霧の朝は細かい字は読めるが、いつもの距離の外を望むことはできない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
説苑・尊賢斉の桓公庭燎を設け、士の造り見えんと欲する者の為にす。期年にして士至らず。是に於いて東野の鄙人に九九の術を以て見えんとする者有り。桓公曰く、「九九何ぞ以て見ゆるに足らんや」と。鄙人対えて曰く、「臣九九を以て見ゆるに足れりと為すに非ず、臣聞く、主君庭燎を設けて以て士を待つも、期年にして士至らずと。夫れ士の至らざる所以の者は、君は天下の賢君なり、四方の士、皆自ら論ずるに君に及ばずと以て、故に至らざるなり。夫れ九九は薄能のみなるに、而れども君猶お之を礼す、況んや九九より賢れる者をや。夫れ太山は壌石を辞せず、江海は小流を逆えず、大を成す所以なり」と。詩に云う、「先民言える有り、芻蕘に詢う」と。博く謀ることを言うなり。桓公善しと曰いて、乃ち因りて之を礼す。期月にして四方の士、相携えて並び至る。詩に曰く、「堂より基に徂き、羊より牛に徂く」と。内を以て外に及び、小を以て大に及ぶことを言うなり。
-
説苑・復恩楚の荘王群臣に酒を賜ふ、日暮れて酒酣にして、燈燭滅す、乃ち人の美人の衣を引く者有り、美人其の冠纓を援絶して、王に告げて曰く、「今者燭滅え、妾の衣を引く者有り、妾其の冠纓を援け得て之を持てり、趣かに火を来して上げしめ、纓を絶ちし者を視られよ」と。王曰く、「人に酒を賜ひ、酔ひて礼を失はしめしに、奈何ぞ婦人の節を顕して士を辱めんと欲せんや」と。乃ち左右に命じて曰く、「今日寡人と飲みて、冠纓を絶たざる者は懽ならず」と。群臣百有余人皆其の冠纓を絶ち去りて火を上ぐ、卒に尽く懽びて罷む。居ること三年、晋楚と戦ふ、一臣常に前に在り、五合五たび奮ひ、首として敵を卻く、卒に之に勝つを得たり、荘王怪しみて問ひて曰く、「寡人徳薄く、又未だ嘗て子を異にせざるに、子何の故に死に出でて疑はざること是の如きか」と。対へて曰く、「臣当に死すべかりき、往者酔ひて礼を失ひしとき、王隠忍して誅を加へざりき、臣終に敢へて蔭蔽の徳を以て王に顕報せざらんや、常に肝脳を地に塗り、頸血を用ひて敵に湔がんことを願ふこと久し、臣乃ち夜纓を絶ちし者なり」と。遂に晋軍を敗り、楚以て強きを得たり、此れ陰徳有る者は必ず陽報有るなり。
-
尚書・秦誓如し一介の臣有りて、斷斷猗として他の技無く、其の心休休焉として、其れ容るる有るが如くんば。
-
人物志・材能寛弘の人は、宜しく郡国を為すべし。下をして其の功を施すを得しめて、其の事を総成す。急小の人は、宜しく百里を理むべし。事を己に辦ぜしむ。
-
牧民忠告・事長夫れ天下を能くする者は、其の志必ず高く、其の至る所必ず遠し。昔某郡に新守有り、褊驁(へんごう)にして大いに其の下を礼せず、常に掾属(えんぞく)をして庭下に羅拝(らはい)せしむ。一賢掾有り、初め疾を以て告に在り、疾愈(い)えて当に庭参すべし。是の日偶(たま)たま大雨あり、守は傘を張り茅(かや)を庭下に布(し)かしめ、掾をして拝せしむ、掾恬然(てんぜん)として容(かたち)を動かさず、興伏(こうふく)惟(こ)れ謹めり。識者其の他日必ず宰相と為るを知るなり、後果たして然り。
-
説苑・尊賢晋の文侯、地を行きて隧に登るに、大夫皆之を扶く。隨会扶けず。文侯曰く、「会よ、夫れ人臣為りて其の君を忍ぶ者は、其の罪奚如ん」と。対えて曰く、「其の罪重死なり」と。文侯曰く、「何をか重死と謂う」と。対えて曰く、「身死し、妻子戮せらる」と。隨会曰く、「君奚ぞ独り人臣為りて其の君を忍ぶ者を問いて、人君為りて其の臣を忍ぶ者を問わざるや」と。文侯曰く、「人君為りて其の臣を忍ぶ者は、其の罪何如ん」と。隨会対えて曰く、「人君為りて其の臣を忍ぶ者は、智士謀を為さず、弁士言を為さず、仁士行を為さず、勇士死を為さず」と。文侯綏を援きて車を下り、大夫に辞して曰く、「寡人に腰髀の病有り、願わくは諸大夫罪する勿かれ」と。