淮南子 / 說山訓
好弋者先具繳與矰,好魚者先具罟與罛,未有無其具而得其利。遺人馬而解其羈,遺人車而稅其𨏢,所愛者少而所亡者多,故里人諺曰:「烹牛而不鹽,敗所為也。」堯有遺道,嫫母有所美,西施有所醜。故亡國之法有可隨者,治國之俗有可非者。琬琰之玉,在洿泥之中,雖廉者弗釋;弊箄甑瓾,在袇茵之上,雖貪者不搏。美之所在,雖污辱,世不能賤;惡之所在,雖高隆,世不能貴。
新字:好弋者先具繳与矰,好魚者先具罟与罛,未有無其具而得其利。遺人馬而解其羈,遺人車而税其𨏢,所愛者少而所亡者多,故里人諺曰:「烹牛而不塩,敗所為也。」堯有遺道,嫫母有所美,西施有所醜。故亡国之法有可随者,治国之俗有可非者。琬琰之玉,在洿泥之中,雖廉者弗釈;弊箄甑瓾,在袇茵之上,雖貪者不搏。美之所在,雖污辱,世不能賤;悪之所在,雖高隆,世不能貴。
書き下し
弋を好む者は先ず繳と矰とを具え、魚を好む者は先ず罟と罛とを具う。未だ其の具無くして其の利を得る有らず。人に馬を遺りて其の羈を解き、人に車を遺りて其の𨏢を稅く。愛する所の者 少なくして、亡う所の者 多し。故に里人の諺に曰く、「牛を烹て鹽せざるは、爲す所を敗るなり」と。堯に遺道有り、嫫母に美なる所有り、西施に醜き所有り。故に亡國の法にも隨う可き者有り、治國の俗にも非とす可き者有り。琬琰の玉、洿泥の中に在るも、廉者と雖も釋てず。弊箄甑瓾、袇茵の上に在るも、貪者と雖も搏らず。美の在る所は、汙辱すと雖も、世 賤しくする能わず。惡の在る所は、高隆すと雖も、世 貴ぶ能わず。
現代語訳
弋りを好む者はまず糸と矢を用意し、魚を好む者はまず網を用意する。道具がないままその利を得られたことはない。人に馬を贈るのに手綱を外し、人に車を贈るのに軸受けを抜く。惜しんだものはわずかで、失うものは多い。だから里の人の諺に言う、「牛を煮て塩をしないのは、作ったものを台無しにすることだ」。堯にも及ばないところがあり、醜女の嫫母にも美しいところがあり、西施にも醜いところがある。だから亡んだ国の法にも従うべきものがあり、治まった国の習わしにも非とすべきものがある。琬や琰の玉は、泥の中にあっても、清廉な者でも見捨てない。壊れたざるや欠けた甑は、上等の敷物の上にあっても、貪欲な者でもつかまない。美しさのあるところは、汚され辱められても、世は賤しめられない。醜さのあるところは、高く持ち上げても、世は貴べない。
解説
この章句が説くこと
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老子・第11章三十輻は一轂を共にす、其の無に当たりて、車の用有り。埴を埏ねて以て器と為す、其の無に当たりて、器の用有り。戸牖を鑿ちて以て室と為す、其の無に当たりて、室の用有り。故に有の以て利を為すは、無の以て用を為せばなり。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼邵伯溫曰く、公虜に使いして功甚だ偉なるも、而れども毎に自ら以て功と爲さず。青州を知りて飢民四十餘萬を活かすに至りては、則ち毎に自ら之を言いて曰く、中書を作ること二十四考に過ぐと。
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『新序』刺奢第六魯の孟獻子晉に聘す。宣子之に觴すること三たび徙るも、鐘石の懸移らずして具わる。獻子曰く、富めるかな家や、と。宣子曰く、子の家孰れか我が家と富めるか、と。獻子曰く、吾が家は甚だ貧し。惟だ二士有るのみ。顏回と曰い、茲無靈なる者なり。吾が邦家をして安平ならしめ、百姓和協せしむるは、惟だ此の二者のみ。吾此に盡くせり、と。客出づ。宣子曰く、彼は君子なり。賢を養うを以て富と爲す。我は鄙人なり。鐘石金玉を以て富と爲す、と。孔子曰く、孟獻子の富は、春秋に著す可し、と。
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『塩鉄論』崇禮篇賢良曰く、王者は禮を崇び德を施し、仁義を上びて怪力を賤しむ、故に聖人は絕ちて言わず。孔子曰く、『言忠信、行篤敬なれば、蠻・貊の邦と雖も、棄つべからざるなり』と。今、萬方絕國の君の贄を奉じて獻ずる者は、天子の盛德を懷いて、中國の禮儀を觀んと欲す、故に明堂・辟雍を設けて以て之に示し、干戚を揚げ、雅・頌を昭らかにして以て之を風す。今乃ち玩好不用の器、奇蟲不畜の獸、角抵諸戲、炫耀の物を以て之に陳ねて誇るは、殆んど周公の遠方を待つと殊なれり。昔、周公は謙に處りて以て士に卑くし、禮を執りて以て天下を治め、越裳の贄を辭せしは、恭讓の禮を見せばなり。既にして與に文王の廟に入りしは、是れ大孝の禮を見せばなり。目に威儀干戚の容を睹、耳に清歌雅・頌の聲を聽き、心に至德を充たし、欣然として以て歸る、此れ四夷の義を慕いて內附せし所以にして、重譯狄鞮して來たりて猛獸熊羆を觀るに非ざるなり。夫れ犀象兕虎は、南夷の多き所なり、騾驢馲駝は、北狄の常に畜う所なり。中國の鮮き所を、外國は之を賤しむ。南越は孔雀を以て門戶に珥し、昆山の旁は、玉璞を以て烏鵲に抵つ。今、人の賤しむ所を貴び、人の饒かなる所を珍とするは、中國を厚くし、盛德を明らかにする所以に非ざるなり。隋・和は、世の名寶なり、而も危を安んじ亡を存する能わず。故に德を喻し威を示すは、惟だ賢臣良相にして、犬馬珍怪に在らず。是を以て聖王は賢を以て寶と為し、珠玉を以て寶と為さず。昔、晏子は之を樽俎の間に修めて、沖を千里に折く。能わざる者は、隋・和篋に滿つと雖も、存亡に益無し。
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『塩鉄論』崇禮篇賢良曰く、管仲は魯を去りて齊に入り、齊は霸たり魯は削らる、其の眾を持して齊に歸せしに非ざるなり。伍子胥は弓を挾みて闔閭に干め、楚を破りて郢に入る、其の兵を負いて吳に適きしに非ざるなり。故に賢者の在る所は國重く、去る所は國輕し。楚に子玉得臣有れば、文公は席を側にし、虞に宮之奇有れば、晉獻は寐ねず。夫れ賢臣の在る所、辟除開塞する者も亦た遠し。故に春秋に曰く、『山に虎豹有れば、葵藿之が為に采られず、國に賢士有れば、邊境之が為に害せられず』と。