淮南子 / 說山訓
壞塘以取龜,發屋而求狸,掘室而求鼠,割唇而治齲,桀、跖之徒,君子不與。殺戎馬而求狐狸,援兩鱉而失靈龜,斷右臂而爭一毛,折鏌邪而爭錐刀,用智如此,豈足高乎!寧百刺以針,無一刺以刀;寧一引重,無久持輕;寧一月饑,無一旬餓。萬人之蹪,愈於一人之隧。
新字:壊塘以取亀,発屋而求狸,掘室而求鼠,割唇而治齲,桀、跖之徒,君子不与。殺戎馬而求狐狸,援両鱉而失霊亀,断右臂而争一毛,折鏌邪而争錐刀,用智如此,豈足高乎!寧百刺以針,無一刺以刀;寧一引重,無久持軽;寧一月饑,無一旬餓。万人之蹪,愈於一人之隧。
書き下し
塘を壞ちて以て龜を取り、屋を發きて狸を求め、室を掘りて鼠を求め、唇を割きて齲を治むるは、桀・跖の徒なり。君子 與せず。戎馬を殺して狐狸を求め、兩鱉を援えて靈龜を失い、右臂を斷ちて一毛を爭い、鏌邪を折りて錐刀を爭う。智を用うること此くの如くんば、豈に高しとするに足らんや。寧ろ百たび刺すに針を以てするも、一たび刺すに刀を以てする無かれ。寧ろ一たび重きを引くも、久しく輕きを持する無かれ。寧ろ一月 饑うるも、一旬 餓うる無かれ。萬人の蹪は、一人の隧に愈る。
現代語訳
堤を壊して亀を取り、屋根を剥がして狸を探し、部屋を掘って鼠を探し、唇を切って虫歯を治すのは、桀や盗跖の類である。君子は与しない。軍馬を殺して狐狸を手に入れ、二匹のすっぽんをつかんで霊亀を取り逃がし、右腕を切り落として毛一本を争い、名剣の莫邪を折って錐や小刀を争う。知恵の使い方がこうであれば、優れているといえようか。むしろ百度針で刺されても、一度刀で刺されるのは避けよ。むしろ一度重い物を引いても、長く軽い物を持ち続けるのは避けよ。むしろ一か月ひもじくても、十日絶食するのは避けよ。万人がつまずくほうが、一人が穴に落ちるよりましである。
解説
得るものと壊すものの釣り合いが取れていない例が並びます。亀のために堤を壊し、虫歯のために唇を切る。軍馬を潰して狐を得て、名剣を折って小刀を争う。「智を用うること此くの如くんば、豈に高しとするに足らんや」。後半は比較の形で、針百度より刀一度を避けよ、一か月のひもじさより十日の絶食を避けよ。程度ではなく、致命かどうかで選べという基準です。
この章句が説くこと
塘を壊ちて以て亀を取り屋を発きて狸を求む戎馬を殺して狐狸を求め両鱉を援えて霊亀を失う鏌邪を折りて錐刀を争う智を用うること此くの如くんば豈に高しとするに足らんや寧ろ百たび刺すに針を以てするも一たび刺すに刀を以てする無かれ万人の蹪は一人の隧に愈る割に合わない
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