淮南子 / 說山訓
故國有賢君,折衝萬里。因媒而嫁,而不因媒而成;因人而交,不因人而親。行合趨同,千里相從;行不合趨不同,對門不通。海水雖大,不受胔芥。日月不應非其氣,君子不容非其類也。人不愛倕之手,而愛己之指;不愛江、漢之珠,而愛己之鉤。以束薪為鬼,以火煙為氣。以束薪為鬼,朅而走;以火煙為氣,殺豚烹狗。先事如此,不如其後。
新字:故国有賢君,折衝万里。因媒而嫁,而不因媒而成;因人而交,不因人而親。行合趨同,千里相従;行不合趨不同,対門不通。海水雖大,不受胔芥。日月不応非其気,君子不容非其類也。人不愛倕之手,而愛己之指;不愛江、漢之珠,而愛己之鉤。以束薪為鬼,以火煙為気。以束薪為鬼,朅而走;以火煙為気,殺豚烹狗。先事如此,不如其後。
書き下し
故に國に賢君有れば、衝を萬里に折る。媒に因りて嫁ぐも、媒に因りて成らず。人に因りて交わるも、人に因りて親しまず。行い合し趨 同じければ、千里も相い從う。行い合せず趨 同じからざれば、對門も通ぜず。海水 大なりと雖も、胔芥を受けず。日月は其の氣に非ざるに應ぜず、君子は其の類に非ざるを容れざるなり。人は倕の手を愛せずして、己の指を愛す。江・漢の珠を愛せずして、己の鉤を愛す。束薪を以て鬼と爲し、火煙を以て氣と爲す。束薪を以て鬼と爲せば、朅として走る。火煙を以て氣と爲せば、豚を殺し狗を烹る。事に先んずること此くの如きは、其の後に如かず。
現代語訳
だから国に賢い君がいれば、敵の攻めを万里の先で折る。仲人によって嫁ぐが、仲人によって夫婦になるのではない。人の紹介で交わるが、人の紹介で親しくなるのではない。行いが合い向かう先が同じなら、千里離れていても従い合う。行いが合わず向かう先が違えば、向かいの家でも通じない。海の水は大きくても、腐ったものや塵を受け入れない。日と月はその気でないものには応じず、君子はその類でないものを容れない。人は名工の倕の手を愛さず、自分の指を愛する。長江や漢水の珠を愛さず、自分の釣り針を愛する。束ねた薪を幽霊だと思い、火の煙を気配だと思う。束ねた薪を幽霊だと思えば、駆けて逃げる。煙を気配だと思えば、豚を殺し犬を煮て祀る。事に先回りしてこうなるのは、後から確かめるのに及ばない。
解説
この章句が説くこと
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『淮南子』說山訓人に多言なる者有るは、猶お百舌の聲のごとし。人に少言なる者有るは、猶お脂さざるの戶のごときなり。六畜 生じて耳目多き者は詳ならず。讖書 之を著す。百人 浮を抗ぐるは、一人 挈げて趨るに若かず。物 固より眾くして少なきに若かざる者有り。車を引く者は二六にして之に後る。事 固より相い待ちて成る者有り。兩人 俱に溺るれば、相い拯う能わず。一人 陸に處らば則ち可なり。故に同は相い治む可からず、必ず異を待ちて而る後に成る。千年の松は、下に茯苓有り、上に兔絲有り。上に叢蓍有れば、下に伏龜有り。聖人は外從り內を知り、見を以て隱を知るなり。武を喜ぶは俠に非ざるなり、文を喜ぶは儒に非ざるなり、方を好むは醫に非ざるなり、馬を好むは騶に非ざるなり、音を知るは瞽に非ざるなり、味を知るは庖に非ざるなり。此れ一概有りて未だ主名を得ざる者なり。甲を被る者は、十步の內の爲にするに非ざるなり。百步の外は則ち深淺を爭う。深ければ則ち五藏に達し、淺ければ則ち膚に至りて止まる。死生 相い去ること、道里を爲す可からず。
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『淮南子』說山訓牛に方寸を視れば、其の羊より大なるを知らず。總べて其の體を視て、乃ち其の大の相い去ることの遠きを知る。孕婦 兔を見れば子 脣を缺き、麋を見れば子 四目なり。小馬の大目は、大馬と謂う可からず。大馬の目 眇なれば、之を眇馬と謂う可し。物 固より然るに似て然らざるに似たる者有り。故に指を決して身 死し、或いは臂を斷ちて顧って活く。類は必ずしも推す可からず。利劍を厲ぐ者は必ず柔砥を以てし、鐘磬を擊つ者は必ず濡木を以てす。轂 強ければ必ず弱輻を以てす。兩堅は相い和する能わず、兩強は相い服する能わず。故に梧桐は角を斷ち、馬氂は玉を截つ。媒但なる者は、謾を學ぶに非ざるなり。但 成りて不信を生ず。慬を立つる者は、鬥爭を學ぶに非ざるなり。慬 立ちて不讓を生ず。故に君子は獄に入らず、其の恩を傷るが爲なり。市に入らず、其の廉を侳るが爲なり。積 慎まざる可からざる者なり。走るに手を以てせざるも、手を縛れば走ること疾き能わず。飛ぶに尾を以てせざるも、尾を屈すれば飛ぶこと遠き能わず。物の用うる者は必ず不用なる者を待つ。
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