淮南子 / 說山訓
夫至巧不用劍,善閉者不用關楗。淳于髡之告失火者,此其類。以清入濁必困辱,以濁入清必覆傾。君子之於善也,猶采薪者見一芥掇之,見青蔥則拔之。天二氣則成虹,地二氣則泄藏,人二氣則成病。陰陽不能且冬且夏;月不知晝,日不知夜。善射者發不失的,善於射矣,而不善所射。善釣者無所失,善於釣矣,而不善所釣。故有所善,則不善矣。鐘之與磬也,近之則鐘音充,遠之則磬音章,物固有近不若遠,遠不若近者。
新字:夫至巧不用剣,善閉者不用関楗。淳于髡之告失火者,此其類。以清入濁必困辱,以濁入清必覆傾。君子之於善也,猶采薪者見一芥掇之,見青蔥則抜之。天二気則成虹,地二気則泄蔵,人二気則成病。陰陽不能且冬且夏;月不知昼,日不知夜。善射者発不失的,善於射矣,而不善所射。善釣者無所失,善於釣矣,而不善所釣。故有所善,則不善矣。鐘之与磬也,近之則鐘音充,遠之則磬音章,物固有近不若遠,遠不若近者。
書き下し
夫れ至巧は劍を用いず、善く閉ざす者は關楗を用いず。淳于髡の失火する者に告ぐるは、此れ其の類なり。清を以て濁に入れば必ず困辱し、濁を以て清に入れば必ず覆傾す。君子の善に於けるや、猶お薪を采る者の一芥を見て之を掇い、青蔥を見れば則ち之を拔くがごとし。天 二氣なれば則ち虹を成し、地 二氣なれば則ち泄藏し、人 二氣なれば則ち病を成す。陰陽は且つ冬にして且つ夏なる能わず。月は晝を知らず、日は夜を知らず。善く射る者は發して的を失わず。射に善きなり。而して射る所に善からず。善く釣る者は失う所無し。釣に善きなり。而して釣る所に善からず。故に善き所有れば、則ち不善なり。鐘の磬とは、之に近づけば則ち鐘の音 充ち、之に遠ざかれば則ち磬の音 章らかなり。物 固より近きは遠きに若かず、遠きは近きに若かざる者有り。
現代語訳
至って巧みな者は剣を用いず、よく閉ざす者は閂を用いない。淳于髡が火事を起こしかけた者に告げた話も、この類である。清らかなものを濁ったところへ入れれば必ず辱められ、濁ったものを清らかなところへ入れれば必ず引っくり返る。君子が善に向かうのは、薪を採る者が小さな一本を見つければ拾い、青い葱を見つければ抜き取るようなものだ。天に二つの気があれば虹ができ、地に二つの気があれば漏れて蔵し、人に二つの気があれば病になる。陰と陽は冬でありながら夏でいられない。月は昼を知らず、日は夜を知らない。よく射る者は放って的を外さない。射ることには上手い。だが何を射るかについては上手くない。よく釣る者は取り逃さない。釣ることには上手い。だが何を釣るかについては上手くない。だから上手いところがあれば、そこに上手くないところがある。鐘と磬では、近づけば鐘の音が満ち、遠ざかれば磬の音がはっきりする。物にはもともと、近いほうが遠いに及ばず、遠いほうが近いに及ばないものがある。
解説
この章句が説くこと
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