淮南子 / 說山訓
今夫闇飲者,非嘗不遺飲也,使之自以平,則雖愚無失矣。是故不同于和而可以成事者,天下無之矣。求美則不得美,不求美則美矣;求醜則不得醜,求不醜則有醜矣;不求美又不求醜,則無美無醜矣,是謂玄同。申徒狄負石自沉於淵,而溺者不可以為抗;弦高誕而存鄭,誕者不可以為常。事有一應,而不可循行。
新字:今夫闇飲者,非嘗不遺飲也,使之自以平,則雖愚無失矣。是故不同于和而可以成事者,天下無之矣。求美則不得美,不求美則美矣;求醜則不得醜,求不醜則有醜矣;不求美又不求醜,則無美無醜矣,是謂玄同。申徒狄負石自沈於淵,而溺者不可以為抗;弦高誕而存鄭,誕者不可以為常。事有一応,而不可循行。
書き下し
今夫れ闇に飲む者は、嘗て飲を遺さずんばあらず。之をして自ら以て平らかならしむれば、則ち愚なりと雖も失う無し。是の故に和に同ぜずして以て事を成す可き者は、天下に之れ無し。美を求むれば則ち美を得ず、美を求めざれば則ち美なり。醜を求むれば則ち醜を得ず、不醜を求むれば則ち醜有り。美を求めず又た醜を求めざれば、則ち美無く醜無し。是を玄同と謂う。申徒狄 石を負いて自ら淵に沉む。而も溺るる者は以て抗と爲す可からず。弦高 誕きて鄭を存す。而も誕く者は以て常と爲す可からず。事に一應有りて、循行す可からざるなり。
現代語訳
暗いところで酒を飲む者は、こぼさずにいられない。自分で加減して平らかに注がせれば、愚かな者でも失敗しない。だから和に合わないまま事を成せる者は、天下にいない。美を求めれば美は得られず、美を求めなければ美になる。醜を求めれば醜は得られず、醜くないことを求めれば醜が生じる。美も求めず醜も求めなければ、美もなく醜もない。これを玄同という。申徒狄は石を背負って自ら淵に沈んだ。だからといって溺れる者を志の高さとはできない。弦高は偽って鄭を救った。だからといって偽る者を常道とはできない。事には一度だけの応じ方があり、繰り返して行えるものではない。
解説
暗がりで酒を注げばこぼれるが、自分で加減させれば愚かな者でも失敗しない。手を出すより、当人に測らせるほうが確かだ、という導入です。「美を求むれば則ち美を得ず」。求めた時点で外れる、という玄同の説明が続きます。締めが実務的で、身を投げた申徒狄も嘘で国を救った弦高も、その一度きりの応じ方であって、真似のできる型ではない、と。
この章句が説くこと
闇に飲む者は嘗て飲を遺さずんばあらず和に同ぜずして以て事を成す可き者は天下に之れ無し美を求むれば則ち美を得ず美を求めざれば則ち美なり美を求めず又た醜を求めざれば則ち美無く醜無し是を玄同と謂う事に一応有りて循行す可からざるなり玄同
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