伝習録 / 教約
每日工夫:先考德,次背書、誦書,次習禮或作課仿,次復誦書、講書、次歌詩。凡習禮歌詩之類,皆所以常存童子之心,使其樂習不倦,而無瑕及於邪僻。教者如此,則知所施矣。雖然,此其大略也。神而明之,則存乎其人。
新字:毎日工夫:先考徳,次背書、誦書,次習礼或作課仿,次復誦書、講書、次歌詩。凡習礼歌詩之類,皆所以常存童子之心,使其楽習不倦,而無瑕及於邪僻。教者如此,則知所施矣。雖然,此其大略也。神而明之,則存乎其人。
書き下し
毎日の工夫は、先ず徳を考え、次に書を背し書を誦し、次に礼を習い或いは課仿を作し、次に復た書を誦し書を講じ、次に詩を歌う。凡そ習礼・歌詩の類は、皆な常に童子の心を存し、其れをして習うを楽しみて倦まず、而して邪僻に及ぶの瑕無からしむる所以なり。教うる者、此くの如くんば、則ち施す所を知らん。然りと雖も、此れ其の大略なり。神にして之を明らかにするは、則ち其の人に存す。
現代語訳
毎日の工夫は、まず徳を考え、次に書を暗誦し誦し、次に礼を習うか書き取りをし、次にまた書を誦し講じ、次に詩を歌う。礼を習い詩を歌う類はみな、子どもの心を保ち、学ぶことを楽しんで飽きず、邪に及ぶ隙をなくすためだ。教える者がこうすれば、施すべきことが分かる。しかしこれは大略だ。それを生かして明らかにするのは、その人にある。
解説
日々の実践において、私たちは具体的な手順や型を学び、それに従おうとします。しかし、この一節は、どんなに優れた型や手順も、それを生かすのは「その人自身」だと教えてくれます。型はあくまで道具であり、使う人の工夫や心が伴って初めて、その真価を発揮するのです。マニュアル通りにこなすだけでなく、自分の状況に合わせて柔軟に解釈し、主体的に実践することで、学びや仕事はより深い意味を持ち、生きたものとなります。
この章句が説くこと
雖然此其大略也神而明之則存乎其人型実践
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