淮南子 / 兵略訓
故前後正齊,四方如繩,出入解續,不相越淩,翼輕邊利,或前或後,離合散聚,不失行伍,此善修行陳者也。明於奇正賌、該陰陽、刑德、五行、望氣、候星、龜策、禨祥,此善為天道者也。設規慮,施蔚伏,見用水火,出珍怪,鼓噪軍,所以營其耳也。曳梢肆柴,揚塵起堨,所以營其目者,此善為詐佯者也。錞鉞牢重,固植而難恐,勢利而不能誘,死亡不能動,此善為充榦者也。剽疾輕悍,勇敢輕敵,疾若滅沒,此善用輕出奇者也。相地形,處次舍,治壁壘,審煙斥,居高陵,舍出處,此善為地形者也。因其饑渴凍暍,勞倦怠亂,恐懼窘步,乘之以選卒,擊之以宵夜,此善因時應變者也。易則用車,險則用騎,涉水多弓,隘則用弩,晝則多旌,夜則多火,晦冥多鼓,此善為設施者也。凡此八者,不可一無也,然而非兵之貴者也。
新字:故前後正斉,四方如縄,出入解続,不相越淩,翼軽辺利,或前或後,離合散聚,不失行伍,此善修行陳者也。明於奇正賌、該陰陽、刑徳、五行、望気、候星、亀策、禨祥,此善為天道者也。設規慮,施蔚伏,見用水火,出珍怪,鼓噪軍,所以営其耳也。曳梢肆柴,揚塵起堨,所以営其目者,此善為詐佯者也。錞鉞牢重,固植而難恐,勢利而不能誘,死亡不能動,此善為充榦者也。剽疾軽悍,勇敢軽敵,疾若滅没,此善用軽出奇者也。相地形,処次舎,治壁塁,審煙斥,居高陵,舎出処,此善為地形者也。因其饑渴凍暍,労倦怠乱,恐懼窘歩,乗之以選卒,擊之以宵夜,此善因時応変者也。易則用車,険則用騎,渉水多弓,隘則用弩,昼則多旌,夜則多火,晦冥多鼓,此善為設施者也。凡此八者,不可一無也,然而非兵之貴者也。
書き下し
故に前後 正齊し、四方 繩の如く、出入解續して、相い越淩せず、翼 輕く邊 利にして、或いは前に或いは後に、離合散聚して、行伍を失わざるは、此れ善く行陳を修むる者なり。奇正賌に明らかに、陰陽・刑德・五行・望氣・候星・龜策・禨祥に該きは、此れ善く天道を爲す者なり。規慮を設け、蔚伏を施し、水火を用うるを見わし、珍怪を出だし、軍を鼓噪するは、其の耳を營す所以なり。梢を曳き柴を肆べ、塵を揚げ堨を起こすは、其の目を營す所以なり。此れ善く詐佯を爲す者なり。錞鉞 牢重、固く植えて恐れ難く、勢利も誘う能わず、死亡も動かす能わざるは、此れ善く充榦を爲す者なり。剽疾輕悍、勇敢にして敵を輕んじ、疾きこと滅沒の若きは、此れ善く輕きを用い奇を出だす者なり。地形を相し、次舍に處り、壁壘を治め、煙斥を審らかにし、高陵に居り、出處を舍するは、此れ善く地形を爲す者なり。其の饑渴凍暍、勞倦怠亂、恐懼窘步に因り、之に乘ずるに選卒を以てし、之を擊つに宵夜を以てするは、此れ善く時に因り變に應ずる者なり。易ければ則ち車を用い、險なれば則ち騎を用い、水を涉れば弓を多くし、隘なれば則ち弩を用い、晝は則ち旌を多くし、夜は則ち火を多くし、晦冥には鼓を多くするは、此れ善く設施を爲す者なり。凡そ此の八つの者は、一つも無かる可からず。然れども兵の貴ぶ者に非ざるなり。
現代語訳
前後が整い、四方が墨縄のようで、出入りが解けては続き、互いに越え乱れず、翼は軽く縁は鋭く、あるいは前にあるいは後ろに、離れ合わさり散り集まって、隊列を失わないのは、隊列をよく整える者である。奇正の計に明るく、陰陽・刑徳・五行・雲気・星占い・亀卜・吉凶に通じているのは、天の道をよく行う者である。計らいを設け、伏兵を置き、水火を用いるように見せ、珍しいものを出し、軍で鳴り物を打ち騒ぐのは、相手の耳を惑わすためである。枝を引きずり柴を並べ、塵を上げ土煙を起こすのは、相手の目を惑わすためである。これは偽りをよく用いる者である。斧鉞が重く据わり、固く根を張って脅かされず、権勢や利にも誘われず、死をも動かせないのは、幹をよく太くする者である。素早く鋭く、勇敢で敵を軽んじ、速いことは消え失せるようであるのは、軽装をよく用いて奇を出す者である。地形を見て、宿営に構え、砦を整え、狼煙と斥候を審らかにし、高い丘に居て、出入りの場を定めるのは、地形をよく用いる者である。相手の飢えや渇き、凍えや暑気当たり、疲れや乱れ、恐れや行き詰まりに乗じて、精鋭で当たり、夜に打つのは、時に因り変化に応じる者である。平坦なら車を用い、険しければ騎馬を用い、水を渡るなら弓を多くし、狭ければ弩を用い、昼は旗を多くし、夜は火を多くし、暗ければ太鼓を多くするのは、設営をよく行う者である。この八つは、どれ一つ欠かせない。それでも、兵が貴ぶものではない。
解説
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