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淮南子 / 兵略訓

是故聖人貴靜,靜則能應躁,後則能應先,數則能勝疏,博則能禽缺。故良將之用卒也,同其心,一其力,勇者不得獨進,怯者不得獨退。止如丘山,發如風雨,所淩必破,靡不毀沮,動如一體,莫之應圉。是故傷敵者眾,而手戰者寡矣。夫五指之更彈,不若卷手之一挃;萬人之更進,不如百人之俱至也。今夫虎豹便捷,熊羆多力,然而人食其肉而席其革者,不能通其知而壹其力也。夫水勢勝火,章華之台燒,以升勺沃而救之,雖涸井而竭池,無奈之何也;舉壺榼盆盎而以灌之,其滅可立而待也。

新字:是故聖人貴静,静則能応躁,後則能応先,数則能勝疏,博則能禽欠。故良将之用卒也,同其心,一其力,勇者不得独進,怯者不得独退。止如丘山,発如風雨,所淩必破,靡不毀沮,動如一体,莫之応圉。是故傷敵者眾,而手戦者寡矣。夫五指之更弾,不若巻手之一挃;万人之更進,不如百人之倶至也。今夫虎豹便捷,熊羆多力,然而人食其肉而席其革者,不能通其知而壱其力也。夫水勢勝火,章華之台焼,以升勺沃而救之,雖涸井而竭池,無奈之何也;舉壺榼盆盎而以灌之,其滅可立而待也。

書き下し

是の故に聖人は靜を貴ぶ。靜なれば則ち能く躁に應じ、後なれば則ち能く先に應じ、數なれば則ち能く疏に勝ち、博なれば則ち能く缺を禽にす。故に良將の卒を用うるや、其の心を同じくし、其の力を一にす。勇なる者も獨り進むを得ず、怯なる者も獨り退くを得ず。止まること丘山の如く、發すること風雨の如し。淩ぐ所 必ず破れ、毀沮せざる靡し。動くこと一體の如く、之に應圉する莫し。是の故に敵を傷つくる者 眾くして、手ずから戰う者 寡なし。夫れ五指の更々彈ずるは、卷手の一挃に若かず。萬人の更々進むは、百人の俱に至るに如かざるなり。今夫れ虎豹は便捷、熊羆は多力なり。然れども人 其の肉を食らいて其の革に席する者は、其の知を通じて其の力を壹にする能わざればなり。夫れ水勢は火に勝つ。章華の台 燒くるに、升勺を以て沃ぎて之を救わば、井を涸らし池を竭くすと雖も、之を奈何ともする無し。壺榼盆盎を舉げて以て之に灌げば、其の滅すること立ちどころに待つ可きなり。

現代語訳

だから聖人は静を貴ぶ。静であれば騒がしさに応じられ、後にいれば先んじたものに応じられ、細やかであれば粗いものに勝ち、広ければ欠けたものを捕らえられる。だから良将が兵を用いるときは、心を同じくし、力を一つにする。勇ある者も独りで進めず、臆病な者も独りで退けない。止まっていることは丘や山のようで、動き出すことは風雨のようである。圧するところは必ず破れ、崩れないものがない。動くことが一つの体のようで、応じ防げる者がない。だから敵を傷つける者は多く、自分の手で戦う者は少ない。五本の指で順に弾くのは、握った拳で一度突くのに及ばない。万人が順に進むのは、百人がそろって到着するのに及ばない。虎や豹は素早く、熊は力が強い。それでも人がその肉を食べその革を敷物にできるのは、獣が知恵を通じ合わせて力を一つにできないからである。水の勢いは火に勝つ。章華の台が焼けているときに、柄杓で水をかけて消そうとすれば、井戸を涸らし池を尽くしても、どうにもならない。壺や甕を持ち上げて注げば、消えるのはすぐに待てる。

解説

「五指の更々彈ずるは、卷手の一挃に若かず」。指を一本ずつ弾くより、握って一度突くほうが効く。人数の話も同じで、万人が順に来るより百人がそろって着くほうがよい。虎豹が人に食われる理由も、力ではなく力を一つにできないから。最後の消火の喩えが決定的で、柄杓で井戸を涸らしても消えないが、甕で注げば一度で消える。分けて出すか、まとめて出すかの違いです。

この章句が説くこと

聖人は静を貴ぶ静なれば則ち能く躁に応じ後なれば則ち能く先に応ず勇なる者も独り進むを得ず怯なる者も独り退くを得ず五指の更々弾ずるは巻手の一挃に若かず万人の更々進むは百人の倶に至るに如かざるなり升勺を以て沃ぎて之を救わば井を涸らし池を竭くすと雖も之を奈何ともする無し集中

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