淮南子 / 兵略訓
故明王之用兵也,為天下除害,而與萬民共用其利。民之為用,猶子之為父,弟之為兄。威之所加,若崩山決塘,敵孰敢當!故善用兵者,用其自為用也;不能用兵者,用其為己用也。用其自為用,則天下莫不可用也;用其為己用,所得者鮮矣。
新字:故明王之用兵也,為天下除害,而与万民共用其利。民之為用,猶子之為父,弟之為兄。威之所加,若崩山決塘,敵孰敢当!故善用兵者,用其自為用也;不能用兵者,用其為己用也。用其自為用,則天下莫不可用也;用其為己用,所得者鮮矣。
書き下し
故に明王の兵を用うるや、天下の爲に害を除きて、萬民と其の利を共用す。民の用を爲すこと、猶お子の父の爲にし、弟の兄の爲にするがごとし。威の加わる所、崩山決塘の若し。敵 孰か敢えて當たらんや。故に善く兵を用うる者は、其の自ら爲に用うるを用うるなり。兵を用うる能わざる者は、其の己が爲に用うるを用うるなり。其の自ら爲に用うるを用うれば、則ち天下 用う可からざる莫し。其の己が爲に用うるを用うれば、得る所の者 鮮なし。
現代語訳
だから明君が兵を用いるときは、天下のために害を除き、万民とその利を共にする。民が用を果たすのは、子が父のために、弟が兄のためにするようである。威の加わるところは、山が崩れ堤が切れるようだ。どの敵が立ち向かえよう。だから兵を用いるのが上手い者は、その人が自分のために使う力を用いる。兵を用いられない者は、その人を自分のために使おうとする。自分のために使う力を用いれば、天下に使えないものはない。自分のために使わせようとすれば、得られるものは少ない。
解説
「其の自ら爲に用うるを用うるなり」。人が自分のために動く力を、そのまま使う。逆に「其の己が爲に用うるを用うる」、つまり自分のために動かそうとすれば、得られるものは少ない。同じ人を同じ場に置いても、動機の向きが違えば出てくる力が変わる、という一点です。前段の同舟の喩えの、そのまま実務版になっています。
この章句が説くこと
明王の兵を用うるや天下の為に害を除きて万民と其の利を共用す民の用を為すこと猶お子の父の為にするがごとし善く兵を用うる者は其の自ら為に用うるを用うるなり兵を用うる能わざる者は其の己が為に用うるを用うるなり其の自ら為に用うるを用うれば則ち天下用う可からざる莫し動機
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