淮南子 / 詮言訓
聖人之接物,千變萬軫,必有不化而應化者。夫寒之與暖相反,大寒地坼水凝,火弗為衰其暑;大熱爍石流金,火弗為益其烈。寒暑之變,無損益於己,質有之也。聖人常後而不先,常應而不唱;不進而求,不退而讓;隨時三年,時去我先;去時三年,時在我後;無去無就,中立其所。
新字:聖人之接物,千変万軫,必有不化而応化者。夫寒之与暖相反,大寒地坼水凝,火弗為衰其暑;大熱爍石流金,火弗為益其烈。寒暑之変,無損益於己,質有之也。聖人常後而不先,常応而不唱;不進而求,不退而譲;随時三年,時去我先;去時三年,時在我後;無去無就,中立其所。
書き下し
聖人の物に接するや、千變萬軫すれども、必ず化せずして化に應ずる者有り。夫れ寒の暖と相い反するや、大寒に地 坼け水 凝るも、火 之が爲に其の暑を衰えしめず。大熱に石を爍かし金を流すも、火 之が爲に其の烈を益さず。寒暑の變、己に損益する無し。質 之を有すればなり。聖人は常に後にして先んぜず、常に應じて唱えず。進みて求めず、退きて讓らず。時に隨うこと三年なれば、時 去りて我 先んず。時を去ること三年なれば、時 我に在りて後る。去る無く就く無く、中立して其の所にす。
現代語訳
聖人が物事に接するとき、千に変わり万に転じても、必ず変化しないまま変化に応じるものがある。寒さと暖かさは正反対で、大寒に地が裂け水が凍っても、火はそのために暑さを弱めない。大暑に石を溶かし金を流しても、火はそのために烈しさを増さない。寒暑の移り変わりは、火自身に増減をもたらさない。その質がそれを持っているからである。聖人は常に後にいて先んじず、常に応じて自分から唱えない。進んで求めず、退いて譲らない。時に従って三年たてば、時のほうが去って自分が先になる。時を離れて三年たてば、時のほうが自分のところに来て後になる。去りもせず就きもせず、中立してその場にいる。
解説
火は、真冬に地が裂けても暑さを弱めず、真夏に石が溶けても烈しさを増さない。「寒暑の變、己に損益する無し」。周りの温度に自分の温度が引きずられない、という一点で書かれています。人でいえば、景気にも評判にも自分の水準を動かされないこと。だから「去る無く就く無く、中立して其の所にす」。追いかけず、逃げず、その場にいる。
この章句が説くこと
聖人の物に接するや千変万軫すれども必ず化せずして化に応ずる者有り大寒に地坼け水凝るも火之が為に其の暑を衰えしめず寒暑の変己に損益する無し質之を有すればなり聖人は常に後にして先んぜず常に応じて唱えず去る無く就く無く中立して其の所にす不動
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