淮南子 / 詮言訓
聖人無屈奇之服,無瑰異之行,服不視,行不觀,言不議,通而不華,窮而不懾,榮而不顯,隱而不窮,異而不見怪,容而與眾同;無以名之,此之謂大通。升降揖讓,趨翔周遊,不得已而為也,非性所有於身,情無符檢,行所不得已之事,而不解構耳,豈加故為哉!
新字:聖人無屈奇之服,無瑰異之行,服不視,行不観,言不議,通而不華,窮而不懾,栄而不顕,隠而不窮,異而不見怪,容而与眾同;無以名之,此之謂大通。升降揖譲,趨翔周遊,不得已而為也,非性所有於身,情無符検,行所不得已之事,而不解構耳,豈加故為哉!
書き下し
聖人に屈奇の服無く、瑰異の行無し。服は視られず、行は觀られず、言は議せられず。通じて華ならず、窮して懾れず、榮えて顯れず、隱れて窮せず、異にして怪しまれず、容れて眾と同じ。以て之を名づくる無し。此れ之を大通と謂う。升降揖讓、趨翔周遊するは、已むを得ずして爲すなり。性の身に有する所に非ず。情に符檢無く、已むを得ざるの事を行いて、解構せざるのみ。豈に故らに爲すを加えんや。
現代語訳
聖人には変わった服装がなく、奇抜な行いがない。服装は見られず、行いは見物されず、言葉は議論されない。通じていても華やかでなく、窮しても怯えず、栄えても目立たず、隠れても行き詰まらず、変わっていても怪しまれず、受け入れられて人々と同じである。名づけようがない。これを大通という。昇り降りし譲り合い、小走りに進み退くのは、やむを得ずそうするだけである。生まれつき身に備わっているものではない。情に取り決めはなく、やむを得ない事を行って、こじれさせないだけである。どうしてわざわざ何かをすることがあろう。
解説
詮言訓の一つの到達点です。服も行いも言葉も、見られず観られず議論されない。「異にして怪しまれず、容れて眾と同じ」。中身は違っているのに、外からは同じに見える。だから名前のつけようがなく、それを大通と呼ぶ。作法どおりに動くのも、やむを得ずやっているだけで、こじらせないための最小限だ、と。
この章句が説くこと
聖人に屈奇の服無く瑰異の行無し服は視られず行は観られず言は議せられず通じて華ならず窮して懾れず栄えて顕れず隠れて窮せず異にして怪しまれず容れて眾と同じ以て之を名づくる無し此れ之を大通と謂う已むを得ざるの事を行いて解構せざるのみ無名
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