淮南子 / 氾論訓
聖人則不然,論世而為之事,權事而為之謀,是以舒之天下而不窕,內之尋常而不塞。使天下荒亂,禮義絕,綱紀廢,彊弱相乘,力征相攘,臣主無差,貴賤無序,甲冑生蟣蝨,燕雀處帷幄,而兵不休息,而乃始服屬臾之貌,恭儉之禮,則必滅抑而不能興矣。天下安寧,政教和平,百姓肅睦,上下相親,而乃始立氣矜,奪勇力,則必不免於有司之法矣。是故聖人者,能陰能陽,能弱能彊,隨時而動靜,因資而立功,物動而知其反,事萌而察其變,化則為之象,運則為之應,是以終身行而無所困。
新字:聖人則不然,論世而為之事,権事而為之謀,是以舒之天下而不窕,内之尋常而不塞。使天下荒乱,礼義絶,綱紀廃,彊弱相乗,力征相攘,臣主無差,貴賤無序,甲冑生蟣蝨,燕雀処帷幄,而兵不休息,而乃始服属臾之貌,恭倹之礼,則必滅抑而不能興矣。天下安寧,政教和平,百姓粛睦,上下相親,而乃始立気矜,奪勇力,則必不免於有司之法矣。是故聖人者,能陰能陽,能弱能彊,随時而動静,因資而立功,物動而知其反,事萌而察其変,化則為之象,運則為之応,是以終身行而無所困。
書き下し
聖人は則ち然らず。世を論じて之が事を爲し、事を權りて之が謀を爲す。是を以て之を天下に舒べて窕ならず、之を尋常に內れて塞がらず。天下をして荒亂し、禮義 絕え、綱紀 廢れ、彊弱 相い乘じ、力征 相い攘み、臣主 差無く、貴賤 序無く、甲冑に蟣蝨を生じ、燕雀 帷幄に處り、而して兵 休息せざらしめて、乃ち始めて屬臾の貌、恭儉の禮を服せば、則ち必ず滅抑して興る能わず。天下 安寧にして、政教 和平、百姓 肅睦し、上下 相い親しむに、乃ち始めて氣矜を立て、勇力を奪わば、則ち必ず有司の法を免れざらん。是の故に聖人なる者は、能く陰 能く陽、能く弱 能く彊、時に隨いて動靜し、資に因りて功を立て、物 動きて其の反るを知り、事 萌して其の變を察す。化すれば則ち之が象を爲し、運れば則ち之が應を爲す。是を以て終身 行いて困しむ所無し。
現代語訳
聖人はそうではない。世を論じてそれに応じた事を行い、事を量ってそれに応じた謀をめぐらす。だから天下に広げても隙間ができず、日常に収めても詰まらない。天下が荒れ乱れ、礼義が絶え、綱紀が廃れ、強弱が食い合い、力ずくの征伐が奪い合い、臣と主に差がなく、貴賤に順序がなく、鎧に虱がわき、燕や雀が帳の中に巣を作り、戦がやまないというときに、そこではじめて慎ましい物腰と恭しく倹しい礼をまとえば、必ず押し潰されて立ち上がれない。天下が安らかで、政も教えも和らぎ、民は慎み睦まじく、上下が親しんでいるときに、そこではじめて気概を掲げ勇力を振るえば、必ず役人の法を免れない。だから聖人は、陰にもなれ陽にもなれ、弱くもなれ強くもなれ、時に従って動き静まり、あるものに因って功を立て、物が動けばその戻り方を知り、事が兆せばその変化を見きわめる。変化すればそれに象り、巡ればそれに応じる。だから生涯行っても行き詰まらない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『淮南子』氾論訓昔者、周書に言える有りて曰く、「上言は、下用なり。下言は、上用なり。上言は、常なり。下言は、權なり」と。此れ存亡の術なり。唯だ聖人のみ能く權を知る。言いて必ず信、期して必ず當たるは、天下の高行なり。直躬 其の父 羊を攘みて子 之を證す。尾生 婦人と期して之に死す。直にして父を證し、信にして溺れ死す。直信有りと雖も、孰か能く之を貴ばんや。夫れ三軍に命を矯むるは、過ちの大なる者なり。秦の穆公 兵を興して鄭を襲わんとし、周を過ぎて東す。鄭の賈人 弦高 將に西のかた牛を販らんとし、道に秦師に周・鄭の間に遇う。乃ち鄭伯の命を矯めて、犒するに十二牛を以てし、秦師を賓として之を卻け、以て鄭國を存す。故に事に至る所有り、信 反って過と爲り、誕 反って功と爲る。何をか禮を失いて大功有りと謂う。昔 楚の恭王 陰陵に戰う。潘尪・養由基・黃衰微・公孫丙 相い與に之を篡う。恭王 懼れて體を失う。黃衰微 足を舉げて其の體を蹶る。恭王 乃ち覺む。其の禮を失うを怒り、體を奪いて起つ。四大夫 載せて行く。昔 蒼吾繞 妻を娶りて美なり、以て兄に讓る。此れ所謂 忠愛にして行う可からざる者なり。是の故に聖人は事の局曲直を論じ、之と屈伸偃仰して、常の儀表無く、時に屈し時に伸ぶ。
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『淮南子』詮言訓聖人は非とす可きの行いを爲さずして、人の己を非とするを憎まず。譽むるに足るの德を修めて、人の己を譽むるを求めず。禍をして至らざらしむる能わざるも、己の迎えざるを信ず。福をして必ず來たらしむる能わざるも、己の攘わざるを信ず。禍の至るや、其の求めて生ずる所に非ず。故に窮しても憂えず。福の至るや、其の求めて成る所に非ず。故に通じても矜らず。禍福の制 己に在らざるを知る。故に閒居して樂しみ、無爲にして治まる。聖人は其の有する所以を守りて、其の未だ得ざる所を求めず。其の無き所を求むれば、則ち有する所の者も亡ぶ。其の有する所を修むれば、則ち欲する所の者 至る。故に兵を用うる者は、先ず勝つ可からざるを爲して、以て敵の勝つ可きを待つ。國を治むる者は、先ず奪う可からざるを爲して、敵の奪う可きを待つ。舜 之を曆山に修めて、海內 化に從う。文王 之を岐周に修めて、天下 風を移す。舜をして天下の利に趨りて、己を修むるの道を忘れしめば、身すら猶お保つ能わず。何ぞ尺地の有らんや。
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『淮南子』詮言訓聖人は名の屍と爲らず、謀の府と爲らず、事の任と爲らず、智の主と爲らず。無形に藏れ、無跡に行き、無朕に遊び、福の先と爲らず、禍の始めと爲らず。虛無に保ち、已むを得ざるに動く。福を欲する者は或いは禍と爲り、利を欲する者は或いは害に離る。故に無爲にして寧き者は、其の寧き所以を失えば則ち危うし。無事にして治まる者は、其の治まる所以を失えば則ち亂る。星は天に列なりて明らかなり、故に人 之を指す。義は德に列なりて見わる、故に人 之を視る。人の指す所は、動けば則ち章有り。人の視る所は、行けば則ち跡有り。動きて章有れば則ち詞せられ、行きて跡有れば則ち議せらる。故に聖人は明を不形に掩い、跡を無爲に藏す。王子慶忌は劍に死し、羿は桃棓に死し、子路は衛に菹にせられ、蘇秦は口に死す。人 其の有する所を貴ばざる莫くして、其の短なる所を賤しむ。然れども皆な其の貴ぶ所に溺れて、其の賤しむ所を極む。貴ぶ所の者は形有り、賤しむ所の者は朕無ければなり。故に虎豹の強は射を來たし、蝯狖の捷は措を來たす。人 能く其の賤しむ所を貴び、其の貴ぶ所を賤しめば、與に至論を言う可し。
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『淮南子』繆稱訓聖人は譽を求めず、誹を辟けず。身を正し行いを直くすれば、眾邪 自ら息む。今 正を釋てて曲を追い、是に倍きて眾に從うは、是れ俗と儷び走りて、內に繩無きなり。故に聖人は己に反りて由らざるなり。道の篇章形埒有る者は、至れる者に非ざるなり。之を嘗めて味無く、之を視て形無く、人に傳う可からず。大戟は水を去り、亭曆は張を愈す。之を用うるに節せざれば、乃ち反って病と為る。物 多く之に類して非なり。唯だ聖人のみ其の微を知る。善く禦する者は其の馬を忘れず、善く射る者は其の弩を忘れず、善く人の上たる者は其の下を忘れず。誠に能く愛して之を利すれば、天下 從う可し。愛せず利せざれば、親子も父に叛く。天下に至貴にして勢位に非ざる有り、至富にして金玉に非ざる有り、至壽にして千歲に非ざる有り。心に原づき性に反れば、則ち貴し。情に適い足るを知れば、則ち富めり。死生の分を明らかにすれば、則ち壽し。言に常の是無く、行いに常の宜無き者は、小人なり。一事に察に、一伎に通ずる者は、中人なり。兼ね覆蓋して並びに之を有ち、伎能を度りて裁して之を使う者は、聖人なり。
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『淮南子』氾論訓故に事に行う可くして言う可からざる者有り、言う可くして行う可からざる者有り、爲し易くして成り難き者有り、成り難くして敗れ易き者有り。所謂 行う可くして言う可からざる者は、趨舍なり。言う可くして行う可からざる者は、偽詐なり。爲し易くして成り難き者は、事なり。成り難くして敗れ易き者は、名なり。此の四策なる者は、聖人の獨り見て意を留むる所なり。寸を誳めて尺を伸ばすは、聖人 之を爲す。小しく枉げて大いに直きは、君子 之を行う。周公に弟を殺すの累有り、齊桓に國を爭うの名有り。然れども周公は義を以て缺を補い、桓公は功を以て醜を滅す。而して皆な賢と爲る。今 人の小過を以て其の大美を揜えば、則ち天下に聖王賢相無からん。故に目中に疵有るも、視るに害あらざれば、灼く可からざるなり。喉中に病有るも、息するに害無ければ、鑿つ可からざるなり。河上の丘冢は、勝げて數う可からざるも、猶お之を易と爲すなり。水 激して波を興し、高下 相い臨み、差うこと尋常を以てするも、猶お之を平と爲すなり。
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『淮南子』氾論訓先王の制、宜しからざれば則ち之を廢す。末世の事、善ければ則ち之を著す。是の故に禮樂 未だ始めより常有らざるなり。故に聖人は禮樂を制して、禮樂に制せられず。國を治むるに常有り、而して民を利するを本と爲す。政教に經有り、而して令の行わるるを上と爲す。苟くも民に利あらば、必ずしも古に法らず。苟くも事に周からば、必ずしも舊に循わず。夫れ夏・商の衰うるや、法を變ぜずして亡ぶ。三代の起こるや、相い襲わずして王たり。故に聖人は法 時と與に變じ、禮 俗と與に化す。衣服器械は各々其の用に便にし、法度制令は各々其の宜しきに因る。故に古を變ずるは未だ非とす可からずして、俗に循うは未だ多とするに足らざるなり。百川 源を異にして皆な海に歸し、百家 業を殊にして皆な治に務む。