淮南子 / 詮言訓
由此觀之,後之制先,靜之勝躁,數也。倍道棄數,以求苟遇,變常易故,以知要遮,過則自非,中則以為候,暗行繆改,終身不寤,此之謂狂。有禍則詘,有福則嬴,有過則悔,有功則矜,遂不知反,此謂狂人。員之中規,方之中矩,行成獸,止成文,可以將少,而不可以將眾。蓼菜成行,瓶甌有堤,量粟而舂,數米而炊,可以治家,而不可以治國。滌杯而食,洗爵而飲,浣而後饋,可以養家老,而不可以饗三軍。
新字:由此観之,後之制先,静之勝躁,数也。倍道棄数,以求苟遇,変常易故,以知要遮,過則自非,中則以為候,暗行繆改,終身不寤,此之謂狂。有禍則詘,有福則嬴,有過則悔,有功則矜,遂不知反,此謂狂人。員之中規,方之中矩,行成獣,止成文,可以将少,而不可以将眾。蓼菜成行,瓶甌有堤,量粟而舂,数米而炊,可以治家,而不可以治国。滌杯而食,洗爵而飲,浣而後饋,可以養家老,而不可以饗三軍。
書き下し
此に由りて之を觀れば、後の先を制し、靜の躁に勝つは、數なり。道に倍き數を棄てて、以て苟くも遇うを求め、常を變じ故を易えて、以て要遮を知る。過てば則ち自ら非とし、中れば則ち以て候と爲す。暗行繆改して、終身 寤めず。此れ之を狂と謂う。禍有れば則ち詘し、福有れば則ち嬴り、過ち有れば則ち悔い、功有れば則ち矜り、遂に反るを知らず。此を狂人と謂う。員は規に中たり、方は矩に中たり、行きては獸を成し、止まりては文を成す。以て少を將いる可くして、以て眾を將いる可からず。蓼菜 行を成し、瓶甌に堤有り、粟を量りて舂き、米を數えて炊ぐは、以て家を治む可くして、以て國を治む可からず。杯を滌いて食らい、爵を洗いて飲み、浣いて而る後に饋るは、以て家老を養う可くして、以て三軍を饗す可からず。
現代語訳
これによって見れば、後が先を制し、静が躁に勝つのは、数のなせるところである。道に背き数を棄てて、たまたまの当たりを求め、常を変え旧を改めて、待ち伏せの手立てを知ろうとする。外れれば自分を責め、当たればそれを兆しと見なす。手探りで進み間違った直し方をして、生涯目が覚めない。これを狂という。禍があれば縮こまり、福があれば増長し、過ちがあれば悔い、功があれば誇り、ついに返ることを知らない。これを狂人という。円はコンパスに合い、四角はさしがねに合い、進めば獣の形になり、止まれば模様になる。それで少人数は率いられても、大人数は率いられない。蓼菜が畝に並び、瓶や甕に台があり、粟を量って搗き、米を数えて炊くのは、家を治めることはできても、国を治めることはできない。杯を洗って食べ、器を洗って飲み、すすいでから供するのは、家の老人を養うことはできても、三軍をもてなすことはできない。
解説
この章句が説くこと
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『淮南子』泰族訓夫れ一事に徹し、一辭に察かに、一技に審らかなるは、以て曲說す可きも、未だ廣く應ず可からざるなり。蓼菜 行を成し、甂甌に𦳚有り、薪を稱りて爨ぎ、米を數えて炊ぐは、以て小を治む可きも、未だ以て大を治む可からざるなり。員は規に中たり、方は矩に中たり、動けば獸を成し、止まれば文を成すは、以て舞を愉しむ可きも、以て軍を陳ぬ可からず。杯を滌いて食らい、爵を洗いて飲み、盥いて而る後に饋るは、以て少きを養う可きも、以て眾きを饗す可からず。
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