淮南子 / 詮言訓
凡人之性,少則倡狂,壯則暴強,老則好利,一人之身,既數變矣,又況君數易法,國數易君!人以其位通其好憎,下之徑衢,不可勝理,故君失一則亂,甚於無君之時。故《詩》曰:「不愆不忘,率由舊章。」此之謂也。君好智則倍時而任己,棄數而用慮,天下之物博而智淺,以淺澹博,未有能者也。獨任其智,失必多矣。故好智,窮術也;好勇,則輕敵而簡備,自負而辭助。一人之力以禦強敵,不杖眾多而專用身才,必不堪也。故好勇,危術也。好與,則無定分。上之分不定,則下之望無止。若多賦斂,實府庫,則與民為仇。少取多與,數未之有也。故好與,來怨之道也。仁智勇力,人之美才也,而莫足以治天下。由此觀之,賢能之不足任也,而道術之可修明矣。
新字:凡人之性,少則倡狂,壮則暴強,老則好利,一人之身,既数変矣,又況君数易法,国数易君!人以其位通其好憎,下之径衢,不可勝理,故君失一則乱,甚於無君之時。故《詩》曰:「不愆不忘,率由旧章。」此之謂也。君好智則倍時而任己,棄数而用慮,天下之物博而智浅,以浅澹博,未有能者也。独任其智,失必多矣。故好智,窮術也;好勇,則軽敵而簡備,自負而辞助。一人之力以禦強敵,不杖眾多而専用身才,必不堪也。故好勇,危術也。好与,則無定分。上之分不定,則下之望無止。若多賦斂,実府庫,則与民為仇。少取多与,数未之有也。故好与,来怨之道也。仁智勇力,人之美才也,而莫足以治天下。由此観之,賢能之不足任也,而道術之可修明矣。
書き下し
凡そ人の性、少なければ則ち倡狂、壯なれば則ち暴強、老いては則ち利を好む。一人の身、既に數ば變ずるなり。又た況んや君 數ば法を易え、國 數ば君を易うるをや。人 其の位を以て其の好憎を通ずれば、下の徑衢、勝げて理む可からず。故に君 一を失えば則ち亂るること、君無きの時よりも甚だし。故に『詩』に曰く、「愆たず忘れず、率ね舊章に由る」と。此れ之を謂うなり。君 智を好めば則ち時に倍きて己に任じ、數を棄てて慮を用う。天下の物 博くして智 淺し。淺きを以て博きを澹すは、未だ能くする者有らざるなり。獨り其の智に任ずれば、失うこと必ず多からん。故に智を好むは、窮術なり。勇を好めば、則ち敵を輕んじて備えを簡にし、自ら負みて助を辭す。一人の力を以て強敵を禦がんとし、眾多に杖らずして專ら身才を用うるは、必ず堪えざるなり。故に勇を好むは、危術なり。與うるを好めば、則ち定分無し。上の分 定まらざれば、則ち下の望 止む無し。若し賦斂を多くして府庫を實たさば、則ち民と仇と爲る。少なく取り多く與うるは、數の未だ之れ有らざるなり。故に與うるを好むは、怨を來たすの道なり。仁智勇力は、人の美才なり。而れども以て天下を治むるに足る莫し。此に由りて之を觀れば、賢能の任ずるに足らずして、道術の修む可きこと明らかなり。
現代語訳
人の性として、若ければ荒れて狂い、壮年になれば強引になり、老いれば利を好む。一人の身でさえ何度も変わる。まして君が何度も法を変え、国が何度も君を替えるならなおさらだ。人がその位で好き嫌いを通せば、下の者の通り道は整理しきれない。だから君が一を失えば、乱れは君のいない時よりひどい。だから『詩』に言う、「過たず忘れず、おおむね旧来の章に従う」。このことである。君が知恵を好めば、時に背いて自分に任せ、定まった数を棄てて思案を用いる。天下の物は広く、知恵は浅い。浅いもので広いものを満たせた者はいない。自分の知恵だけに頼れば、失うものが必ず多い。だから知恵を好むのは、行き詰まる術である。勇を好めば、敵を軽んじて備えを簡単にし、自分を頼んで助けを断る。一人の力で強敵を防ごうとし、多くの人に頼らず自分の才だけを用いれば、必ず堪えられない。だから勇を好むのは、危うい術である。与えることを好めば、定まった分がなくなる。上の分が定まらなければ、下の望みは止まらない。もし取り立てを多くして蔵を満たせば、民と仇になる。少なく取って多く与えることが続いたためしはない。だから与えることを好むのは、怨みを招く道である。仁も知も勇も力も、人の美点である。それでも天下を治めるには足りない。これによって見れば、賢さや能力に頼れず、道術こそ修めるべきだと明らかである。
解説
この章句が説くこと
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風姿花伝・第三 問答条々問、能に位の差別を知る事如何。答、これ目利の眼にはやすく見ゆるなり。凡そ位のあがるとは、能の重々の事なれども、ふしぎに十ばかりの能者にも、この位おのれとあがれる風体あり。但し稽古なからむには、おのれとあがる位ありともいたづら事なり。先づ稽古の劫入りて位のあらむは、常のことなり。また生得あがる位とは長なり。嵩と申すは別の事なり。多く人、長と嵩とを同じやうに思ふなり。嵩と申すは、ものものしくせのある形なり。またいふ、嵩は一切にわたる義なり。位長には別の物なり。たとへば、生得幽玄なる所ある、これ上の位か。然れども、さらに幽玄にはなき仕手の、長のあるもあり。これは幽玄ならぬ長なり。また初心の人思ふべし。稽古に上の位を心がけんは、返々かなふまじ。位はいよいよかなはで、あまさへ稽古しける分もさがるべし。所詮、位長のあがらんことは、かくべつの心得ありて得ずしては、大方かなふまじ。また稽古の劫入りて垢落ちぬれば、この位おのれと出来ることあり。稽古とは、音曲、舞、はたらき、物まね、かやうの品々をきはむる形木なり。よくよく工夫して思ふに、幽玄の位は生得の物か、闌けたる位は劫入りたるところか、心中に案をめぐらすべし。
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論語・憲問篇曾子曰く、君子は思うこと其の位を出でず。
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易経・彖伝帰妹(きまい)は、天地の大義なり。天地交わらざれば、万物興らず。帰妹は、人の終始なり。説(よろこ)びて以て動く、帰(とつ)ぐ所は妹(まい)なり。「征けば凶」とは、位当たらざればなり。「利(よ)ろしき攸(ところ)なし」とは、柔の剛に乗ればなり。
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『淮南子』詮言訓民に道の同じく道く所有り、法の同じく守る所有り。義を爲すの相い固くする能わず、之を威すの相い必とする能わざるが爲なり。故に君を立てて以て民を一にす。君 一を執れば則ち治まり、常無ければ則ち亂る。君道なる者は、爲す所以に非ざるなり、無爲なる所以なり。何をか無爲と謂う。智者は位を以て事と爲さず、勇者は位を以て暴と爲さず、仁者は位を以て患と爲さず。無爲と謂う可し。夫れ無爲なれば、則ち一に得るなり。一なる者は、萬物の本なり、無敵の道なり。
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『淮南子』天文訓季春三月、豐隆乃ち出でて、以て其の雨を將う。秋三月に至り、地氣藏せず、乃ち其の殺を收め、百蟲蟄伏し、靜居して戶を閉ず。青女乃ち出でて、以て霜雪を降す。十二時の氣を行き、以て仲春二月の夕べに至り、乃ち其の藏を收めて其の寒を閉ず。女夷鼓歌して、以て天和を司り、以て百穀禽鳥草木を長ず。孟夏の月、以て穀禾を熟し、雄鳩長く鳴きて、帝の為に歲を候う。是の故に天其の陰を發せざれば、則ち萬物生ぜず。地其の陽を發せざれば、則ち萬物成らず。天圓く地方に、道は中央に在り。日を德と為し、月を刑と為す。月歸りて萬物死し、日至りて萬物生ず。山を遠ざくれば則ち山氣藏し、水を遠ざくれば則ち水蟲蟄し、木を遠ざくれば則ち木葉槁る。日五日見えざれば、其の位を失うなり。聖人は與せず。
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『淮南子』主術訓入りては親に孝、出でては君に忠なるは、愚智賢不肖と無く、皆な其の義為るを知る。而れども忠孝の行いを陳べて出づる所を知る者をして、鮮なからしむ。凡そ人の思慮、先ず以て可と為して而る後に之を行わざる莫し。其の是なる或いは非なる、此れ愚智の異なる所以なり。凡そ人の性、仁より貴きは莫く、智より急なるは莫し。仁を以て質と為し、智を以て之を行う。兩者を本と為して、之に加うるに勇力・辯慧・捷疾・劬錄・巧敏・遲利・聰明・審察を以てすれば、盡く眾益なり。身材 未だ修まらず、伎藝 曲に備わりて、仁智の以て表幹と為す無くして、之に加うるに眾美を以てすれば、則ち其の損を益す。故に不仁にして勇力果敢有れば、則ち狂にして利劍を操るなり。不智にして辯慧懷給なれば、則ち驥を棄てて式らざるなり。材能有りと雖も、其の之を施すこと當たらず、其の之に處ること宜しからざれば、適だ以て偽を輔け非を飾るに足る。伎藝の眾きは、其の寡なきに如かざるなり。