淮南子 / 詮言訓
故不得已而歌者,不事為悲;不得已而舞者,不矜為麗。歌舞而不事為悲麗者,皆無有根心者。善博者不欲牟,不恐不勝,平心定意,捉得其齊,行由其理,雖不必勝,得籌必多。何則?勝在於數,不在於欲。駎者不貪最先,不恐獨後,緩急調乎手,禦心調乎馬,雖不能必先載,馬力必盡矣。何則?先在於數,而不在於欲也。是故滅欲則數勝,棄智則道立矣。賈多端則貧,工多技則窮,心不一也。故木之大者害其條,水之大者害其深。有智而無術,雖鑽之不通;有百技而無一道,雖得之弗能守。故《詩》曰:「淑人君子,其儀一也。其儀一也,心如結也。」君子其結于一乎!
新字:故不得已而歌者,不事為悲;不得已而舞者,不矜為麗。歌舞而不事為悲麗者,皆無有根心者。善博者不欲牟,不恐不勝,平心定意,捉得其斉,行由其理,雖不必勝,得籌必多。何則?勝在於数,不在於欲。駎者不貪最先,不恐独後,緩急調乎手,禦心調乎馬,雖不能必先載,馬力必尽矣。何則?先在於数,而不在於欲也。是故滅欲則数勝,棄智則道立矣。賈多端則貧,工多技則窮,心不一也。故木之大者害其条,水之大者害其深。有智而無術,雖鑽之不通;有百技而無一道,雖得之弗能守。故《詩》曰:「淑人君子,其儀一也。其儀一也,心如結也。」君子其結于一乎!
書き下し
故に已むを得ずして歌う者は、事さらに悲を爲さず。已むを得ずして舞う者は、矜りて麗を爲さず。歌舞して事さらに悲麗を爲さざる者は、皆な根心有る無き者なり。善く博する者は牟らんことを欲せず、勝たざるを恐れず。心を平らかにし意を定め、捉りて其の齊を得、行いて其の理に由る。必ずしも勝たずと雖も、籌を得ること必ず多し。何となれば則ち、勝は數に在りて、欲に在らざればなり。駎する者は最も先んずるを貪らず、獨り後るるを恐れず。緩急 手に調い、禦心 馬に調う。必ずしも先んじて載する能わずと雖も、馬力 必ず盡くさるるなり。何となれば則ち、先んずるは數に在りて、欲に在らざればなり。是の故に欲を滅すれば則ち數 勝ち、智を棄つれば則ち道 立つ。賈 多端なれば則ち貧しく、工 多技なれば則ち窮す。心 一ならざればなり。故に木の大なる者は其の條を害し、水の大なる者は其の深きを害す。智有りて術無ければ、之を鑽つと雖も通ぜず。百技有りて一道無ければ、之を得と雖も守る能わず。故に『詩』に曰く、「淑人君子、其の儀 一なり。其の儀 一なれば、心 結ぶが如し」と。君子 其れ一に結ぶか。
現代語訳
やむを得ず歌う者は、わざと悲しげに歌わない。やむを得ず舞う者は、誇って美しく舞おうとしない。歌い舞ってわざと悲しさや美しさを作らないのは、根に心を置いていないからである。博打の上手い者は勝ちを欲しがらず、勝てないことを恐れない。心を平らかにし意を定め、取るべきところを取り、行いは理に沿う。必ず勝つわけではないが、得る点は必ず多い。なぜか。勝ちは数のほうにあって、欲のほうにはないからである。馬を走らせる者は先頭を貪らず、一人遅れることも恐れない。緩急が手に馴染み、御す心が馬と合う。必ず先着できるわけではないが、馬の力は必ず出し切られる。なぜか。先んじることは数のほうにあって、欲のほうにはないからである。だから欲を消せば数が勝ち、知恵を棄てれば道が立つ。商人が手を広げすぎれば貧しくなり、職人が技を持ちすぎれば行き詰まる。心が一つでないからである。だから大きすぎる木は枝を損ない、大きすぎる水は深さを損なう。知恵があっても術がなければ、掘っても通らない。百の技があっても一つの道がなければ、得ても守れない。だから『詩』に言う、「善き人である君子、その振る舞いは一つである。振る舞いが一つであれば、心は結ばれているようだ」。君子は一つに結ぶのだろう。
解説
この章句が説くこと
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『淮南子』主術訓凡そ人の論、心は小ならんことを欲して志は大ならんことを欲し、智は員ならんことを欲して行いは方ならんことを欲し、能は多からんことを欲して事は鮮なからんことを欲す。心の小ならんことを欲する所以の者は、患いの未だ生ぜざるを慮り、禍の未だ發せざるに備え、過ちを戒め微を慎み、敢えて其の欲を縱にせざればなり。志の大ならんことを欲する者は、萬國を兼包し、殊俗を一齊にし、百姓を並び覆うこと、一族を合するが若く、是非 輻湊して之が轂と為ればなり。智の員ならんことを欲する者は、環り復た轉運して、終始 端無く、旁流四達し、淵泉にして竭きず、萬物 並び興りて、回應せざる莫ければなり。行いの方ならんことを欲する者は、直立して撓まず、素白にして汙れず、窮しても操を易えず、通じても志を肆にせざればなり。能の多からんことを欲する者は、文武 備具し、動靜 儀に中たり、舉動廢置、曲に其の宜しきを得て、擊戾する所無く、畢く宜しからざる無ければなり。事の鮮なからんことを欲する者は、柄を執り術を持し、要を得て以て眾に應じ、約を執りて以て廣きを治め、靜に處り中を持し、璿樞に運り、一を以て萬に合すること、符を合するが若ければなり。故に心 小なる者は、微に禁ずるなり。志 大なる者は、懷かざる無きなり。智 員なる者は、知らざる無きなり。行い 方なる者は、為さざる有るなり。能 多き者は、治めざる無きなり。事 鮮なき者は、持する所を約すればなり。
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『淮南子』詮言訓道を釋てて智に任ずる者は必ず危うし。數を棄てて才を用うる者は必ず困しむ。欲 多きを以て亡ぶ者有るも、未だ無欲を以て危うき者有らざるなり。治めんと欲するを以て亂るる者有るも、未だ常を守るを以て失う者有らざるなり。故に智も患を免るるに足らず、愚も以て寧きを失うに至るに足らず。其の分を守り、其の理に循い、之を失いて憂えず、之を得て喜ばず。故に成る者は爲す所に非ざるなり。得る者は求むる所に非ざるなり。入る者は受くる有りて取る無く、出づる者は授くる有りて予うる無し。春に因りて生じ、秋に因りて殺す。生ずる所の者を德とせず、殺す所の者を怨みとせざれば、則ち道に幾し。
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『淮南子』詮言訓故に治 未だ亂れざるに固からずして、事として治を爲す者は、必ず危うし。行い 未だ非無きに固からずして、急に名を求むる者は、必ず挫くるなり。福は禍無きより大なるは莫く、利は喪わざるより美なるは莫し。動の物たるや、損せずんば則ち益し、成らずんば則ち毀れ、利あらずんば則ち病む。皆な險なり。之を道く者は危うし。故に秦は戎に勝ちて、殽に敗る。楚は諸夏に勝ちて、栢莒に敗る。故に道は勸めて利に就く可からずして、寧ろ害を避く可き者なり。故に常に禍無きも、常に福有らず。常に罪無きも、常に功有らず。聖人は思慮無く、設儲無く、來たる者を迎えず、去る者を將らず。人 東西南北すと雖も、獨り中央に立つ。故に眾枉の中に處りて、其の直を失わず。天下 皆な流るるも、獨り其の壇域を離れず。故に善を爲さず、醜を避けず、天の道に遵う。始めと爲らず、己を專らにせず、天の理に循う。豫め謀らず、時を棄てず、天と期を爲す。得るを求めず、福を辭せず、天の則に從う。無き所を求めず、得たる所を失わず。內に旁禍無く、外に旁福無し。禍福 生ぜず、安んぞ人賊有らんや。
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『淮南子』主術訓故に曰く、欲す可からしむる勿かれ、求めずと曰う毋かれ。奪う可からしむる勿かれ、爭わずと曰う毋かれ、と。此くのごとくんば、則ち人材 釋かれて公道 行わる。美なる者は度に正しくして、足らざる者は用に建つ。故に海內 一にす可きなり。夫れ職事を釋てて非譽を聽き、公勞を棄てて朋黨を用うれば、則ち奇材 佻長して次を幹し、官を守る者は雍遏せられて進まず。此くのごとくんば、則ち民俗 國に亂れて、功臣 朝に爭う。故に法律度量なる者は、人主の下を執る所以なり。之を釋てて用いざるは、是れ猶お轡銜無くして馳するがごとし。群君百姓 反って其の上を弄ぶ。是の故に術有れば則ち人を制し、術無ければ則ち人に制せらる。舟を吞むの魚も、蕩ちて水を失えば、則ち螻蟻に制せらる。其の居を離るればなり。猿狖も木を失いて、狐狸に禽にせらる。其の處に非ざればなり。人に君たる者 守る所を釋てて臣下と爭えば、則ち有司は無為を以て位を持し、職を守る者は君に從いて容を取る。是を以て人臣 智を藏して用いず、反って事を以て其の上に轉任す。夫れ富貴なる者の勞に於けるや、達事なる者の察に於けるや、驕恣なる者の恭に於けるや、勢 君に及ばず。人に君たる者 能に任ぜずして自ら之を為すを好めば、則ち智 日に困しみて自ら其の責を負う。數 下に窮まれば、則ち理を伸ぶる能わず。行い 國に墮つれば、則ち專制する能わず。智 以て治を為すに足らず、威 以て誅を行うに足らざれば、則ち以て天下と交わる無し。喜怒 心に形るる者は、欲 外に見る。則ち職を守る者は正を離れて上に阿り、有司は法を枉げて風に從う。賞 功に當たらず、誅 罪に應ぜず、上下 心を離して、君臣 相い怨むなり。
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『淮南子』詮言訓善を爲せば則ち觀られ、不善を爲せば則ち議せらる。觀らるれば則ち貴を生じ、議せらるれば則ち患を生ず。故に道術は以て進みて名を求む可からずして、以て退きて身を修む可し。以て利を得可からずして、以て害を離る可し。故に聖人は行を以て名を求めず、智を以て譽を見さず。法は自然に修まり、己に與る所無し。慮は數に勝たず、行は德に勝たず、事は道に勝たず。爲す者に成らざる有り、求むる者に得ざる有り。人に窮する有るも道に通ぜざる無し。道と爭えば則ち凶なり。故に『詩』に曰く、「識らず知らず、帝の則に順う」と。智有りて無爲なるは、智無き者と道を同じくす。能有りて無事なるは、能無き者と德を同じくす。其の智なるや、之を告ぐる者 至りて、然る後に其の動くを覺る。之を使う者 至りて、然る後に其の爲すを覺る。智有るも智無きが若く、能有るも能無きが若し。道理 正しと爲すなり。故に功 天下を蓋うも、其の美を施さず。澤 後世に及ぶも、其の名を有たず。道理 通じて人偽 滅ぶるなり。
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『淮南子』詮言訓天下に信士無きに非ざるなり。貨に臨み財を分かつに、必ず籌を控えて分を定むるは、心有る者の平に於けるは、心無き者に若かざるを以てなり。天下に廉士無きに非ざるなり。然れども重寶を守る者は必ず戶を關じて封を全うするは、欲有る者の廉に於けるは、欲無き者に若かざるを以てなり。人 其の疵を舉ぐれば則ち人を怨み、鑒 其の醜を見わせば則ち鑒を善しとす。人 能く物に接して己と與らざれば、則ち累を免る。公孫龍は辭に粲かにして名を貿い、鄧析は巧辯にして法を亂し、蘇秦は善説にして國を亡ぼす。其の道に由れば、則ち善に章無し。其の理を修むれば、則ち巧に名無し。故に巧を以て力を鬥わす者は、陽に始まりて、常に陰に卒わる。慧を以て國を治むる者は、治に始まりて、常に亂に卒わる。水をして下に流れしむれば、孰か能く治めざらん。激して之を上らすは、巧に非ざれば能わず。故に文 勝てば則ち質 掩われ、邪 巧なれば則ち正 之に塞がるなり。