淮南子 / 詮言訓
故羽翼美者傷骨骸,枝葉美者害根莖,能兩美者,天下無之也。天有明,不憂民之晦也,百姓穿戶鑿牖,自取照焉;地有財,不憂民之貧也,百姓伐木芟草,自取富焉。至德道者若丘山,嵬然不動,行者以為期也。直己而足物,不為人贛,用之者亦不受其德,故寧而能久。天地無予也,故無奪也;日月無德也,故無怨也。
新字:故羽翼美者傷骨骸,枝葉美者害根茎,能両美者,天下無之也。天有明,不憂民之晦也,百姓穿戸鑿牖,自取照焉;地有財,不憂民之貧也,百姓伐木芟草,自取富焉。至徳道者若丘山,嵬然不動,行者以為期也。直己而足物,不為人贛,用之者亦不受其徳,故寧而能久。天地無予也,故無奪也;日月無徳也,故無怨也。
書き下し
故に羽翼 美なる者は骨骸を傷り、枝葉 美なる者は根莖を害す。能く兩つながら美なる者は、天下に之れ無きなり。天に明有るも、民の晦きを憂えず。百姓 戶を穿ち牖を鑿ちて、自ら照を取るなり。地に財有るも、民の貧しきを憂えず。百姓 木を伐り草を芟りて、自ら富を取るなり。德道に至る者は丘山の若く、嵬然として動かず、行く者 以て期と爲すなり。己を直くして物を足らしめ、人の爲に贛らず。之を用うる者も亦た其の德を受けず。故に寧くして能く久し。天地は予うる無し、故に奪う無し。日月は德とする無し、故に怨み無し。
現代語訳
羽が美しいものは骨をそこない、枝葉が美しいものは根と幹を害する。両方とも美しいものは、天下にない。天は明るさを持っているが、民が暗いのを心配しない。民は戸を開け窓を穿って、自分で明かりを取る。地は財を持っているが、民が貧しいのを心配しない。民は木を伐り草を刈って、自分で豊かさを取る。徳と道に至った者は丘や山のようで、どっしりとして動かず、道行く者はそれを目印にする。自分をまっすぐにして物を足らせ、人のために施しをしない。それを用いる者も、その恩を受けたと思わない。だから安らかで長続きする。天地は与えないから、奪わない。日月は恩に着せないから、怨まれない。
解説
天は明るさを持っているのに、民の暗さを心配しない。民のほうが窓を穿って光を取る。世話を焼かないことが、この段の理想として描かれます。「己を直くして物を足らしめ、人の爲に贛らず」。自分がまっすぐ在るだけで足りるものがあり、使う側も恩に着ない。だから長続きする。「天地は予うる無し、故に奪う無し」。与えないから、取り上げることもありません。
この章句が説くこと
羽翼美なる者は骨骸を傷り枝葉美なる者は根茎を害す天に明有るも民の晦きを憂えず百姓戸を穿ち牖を鑿ちて自ら照を取る徳道に至る者は丘山の若く嵬然として動かず行く者以て期と為す己を直くして物を足らしめ人の為に贛らず天地は予うる無し故に奪う無し日月は徳とする無し故に怨み無し無為
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