淮南子 / 氾論訓
故炎帝於火,死而為灶;禹勞天下,死而為社;后稷作稼穡,死而為稷;羿除天下之害,死而為宗布。此鬼神之所以立。北楚有任俠者,其子孫數諫而止之,不聽也。縣有賊,大搜其廬,事果發覺,夜驚而走,追,道及之,其所施德者皆為之戰,得免而遂反,語其子曰:「汝數止吾為俠。今有難,果賴而免身。而諫我,不可用也。」知所以免於難,而不知所以無難,論事如此,豈不惑哉!
新字:故炎帝於火,死而為灶;禹労天下,死而為社;后稷作稼穡,死而為稷;羿除天下之害,死而為宗布。此鬼神之所以立。北楚有任俠者,其子孫数諫而止之,不聴也。県有賊,大捜其廬,事果発覚,夜驚而走,追,道及之,其所施徳者皆為之戦,得免而遂反,語其子曰:「汝数止吾為俠。今有難,果頼而免身。而諫我,不可用也。」知所以免於難,而不知所以無難,論事如此,豈不惑哉!
書き下し
故に炎帝は火に於いて、死して灶と爲る。禹は天下を勞して、死して社と爲る。后稷は稼穡を作して、死して稷と爲る。羿は天下の害を除きて、死して宗布と爲る。此れ鬼神の立つ所以なり。北楚に任俠なる者有り。其の子孫 數ば諫めて之を止むるも、聽かざるなり。縣に賊有りて、大いに其の廬を搜す。事 果たして發覺し、夜 驚きて走る。追われて、道に之に及ぶ。其の德を施す所の者 皆な之が爲に戰い、免るるを得て遂に反る。其の子に語りて曰く、「汝 數ば吾が俠を爲すを止む。今 難有りて、果たして賴りて身を免る。而 我を諫むるは、用う可からざるなり」と。難を免るる所以を知りて、難無き所以を知らず。事を論ずること此くの如きは、豈に惑いならずや。
現代語訳
だから炎帝は火に関わって、死んで竈の神となった。禹は天下のために働いて、死んで社の神となった。后稷は農耕を興して、死んで穀物の神となった。羿は天下の害を除いて、死んで祭りの神となった。これが鬼神の立てられる理由である。北楚に侠客をやっている者がいた。その子や孫がたびたび諫めてやめさせようとしたが、聞かなかった。県に賊が出て、その家が大々的に捜索された。事が発覚し、夜に驚いて逃げた。追われて、道で追いつかれた。だが恩を施していた者たちがみな彼のために戦い、逃れて帰ってきた。子に言った、「おまえたちは何度も私が侠をやるのをやめさせようとした。いま難に遭って、まさにそのおかげで身を免れた。おまえの諫めは用いられない」。難を免れた理由は知って、そもそも難に遭わずに済む理由は知らない。事をこう論じるのは、惑いではないか。
解説
この章句が説くこと
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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葉隠・聞書第一主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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