淮南子 / 氾論訓
夫見不可布於海內,聞不可明於百姓,是故因鬼神禨祥而為之立禁,總形推類而為之變象。何以知其然也?世俗言曰:「饗大高者而彘為上牲,葬死人者裘不可以藏,相戲以刃者太祖軵其肘,枕戶橉而臥者鬼神蹠其首。」此皆不著於法令,而聖人之所不口傳也。夫饗大高而彘為上牲者,非彘能賢於野獸麋鹿也,而神明獨饗之,何也?以為彘者,家人所常畜而易得之物也,故因其便以尊之。裘不可以藏者,非能具綈綿曼帛溫煖於身也,世以為裘者,難得貴賈之物也,而不可傳於後世,無益於死者,而足以養生,故因其資以讋之。
新字:夫見不可布於海内,聞不可明於百姓,是故因鬼神禨祥而為之立禁,総形推類而為之変象。何以知其然也?世俗言曰:「饗大高者而彘為上牲,葬死人者裘不可以蔵,相戯以刃者太祖軵其肘,枕戸橉而臥者鬼神蹠其首。」此皆不著於法令,而聖人之所不口伝也。夫饗大高而彘為上牲者,非彘能賢於野獣麋鹿也,而神明独饗之,何也?以為彘者,家人所常畜而易得之物也,故因其便以尊之。裘不可以蔵者,非能具綈綿曼帛温煖於身也,世以為裘者,難得貴賈之物也,而不可伝於後世,無益於死者,而足以養生,故因其資以讋之。
書き下し
夫れ見 海內に布く可からず、聞 百姓に明らかにす可からず。是の故に鬼神禨祥に因りて之が爲に禁を立て、形を總べ類を推して之が爲に象を變ず。何を以て其の然るを知るや。世俗の言に曰く、「大高を饗する者は彘を上牲と爲す。死人を葬る者は裘 以て藏す可からず。相い戲るるに刃を以てする者は太祖 其の肘を軵す。戶橉に枕して臥する者は鬼神 其の首を蹠む」と。此れ皆な法令に著さずして、聖人の口傳せざる所なり。夫れ大高を饗して彘を上牲と爲すは、彘の能く野獸麋鹿に賢れるに非ずして、神明 獨り之を饗くるは、何ぞや。以爲えらく、彘なる者は、家人の常に畜いて得易きの物なり。故に其の便に因りて以て之を尊ぶ。裘 以て藏す可からずとは、能く綈綿曼帛を具えて身に溫煖なるに非ず。世 以爲えらく、裘なる者は、得難く貴賈の物にして、後世に傳う可からず、死者に益無くして、以て生を養うに足る。故に其の資に因りて以て之を讋す。
現代語訳
見たことを国じゅうに広められず、聞いたことを民に明らかにできない。だから鬼神や吉凶にかこつけて禁を立て、かたちをまとめ類を推して象を変える。どうしてそうと分かるか。世間の言い伝えにこうある、「先祖を祀るときは豚を上等のいけにえとする。死者を葬るとき、毛皮を副葬してはならない。刃物でふざけ合う者は、太祖がその肘を突く。敷居に頭を乗せて寝る者は、鬼神がその頭を踏む」。これはどれも法令には書かれず、聖人が口伝えにもしないものである。先祖を祀るのに豚を上等のいけにえとするのは、豚が野獣や鹿より優れているからではないのに、神明が豚だけを享けるというのはなぜか。豚は家で常に飼っていて手に入りやすい物だからである。だからその手軽さに因って尊いものとした。毛皮を副葬してはならないというのは、綿や絹を揃えて身を温められないからではない。毛皮は手に入りにくく高価な物で、後の世に伝えられず、死者に益がなく、生きている者を養うには足りる。だからその値打ちに因って、そう脅したのである。
解説
この章句が説くこと
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『淮南子』氾論訓刃を以て相い戲るれば太祖 其の肘を軵すとは、夫れ刃を以て相い戲るれば、必ず過失を爲す。過失 相い傷つけば、其の患い 必ず大なり。涉血の仇、爭忿の鬥無くして、小事を以て自ら刑戮に內るるは、愚者の忌むを知らざる所なり。故に太祖に因りて以て其の心を累わすなり。戶橉に枕して臥せば、鬼神 其の首を履むとは、鬼神をして能く玄化せしめば、則ち戶牖の行を待たず。虛に循いて出入するが若くんば、則ち亦た履む能わざるなり。夫れ戶牖なる者は、風氣の從いて往來する所にして、風氣なる者は、陰陽の相い捔る者なり。離る者は必ず病む。故に鬼神に託して以て之を伸誡するなり。凡そ此の屬は、皆な勝げて書策竹帛に著して官府に藏す可からざる者なり。故に禨祥を以て之を明らかにす。愚者の其の害を知らざるが爲に、乃ち鬼神の威を借りて以て其の教を聲にす。由りて來たる所の者 遠し。而して愚者は以て禨祥と爲し、狠なる者は以て非と爲す。唯だ有道の者のみ能く其の志に通ず。
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『淮南子』氾論訓今世の井灶・門戶・箕箒・臼杵を祭るは、其の神の能く之を饗くと爲すに非ざるなり。其の德に恃賴し、煩苦すること已む無ければなり。是の故に時を以て其の德を見すは、其の功を忘れざる所以なり。石に觸れて出で、膚寸にして合し、崇朝ならずして天下に雨ふらす者は、唯だ太山のみ。赤地三年にして流れを絕たず、澤 百里に及びて草木を潤す者は、唯だ江・河のみ。是を以て天子 秩して之を祭る。故に馬の人を難より免れしむる者は、其の死するや之を葬る。牛は、其の死するや、葬るに大車を以て薦と爲す。牛馬すら功有れば、猶お忘る可からず。又た況んや人をや。此れ聖人の仁を重んじ恩を襲ぬる所以なり。
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『淮南子』氾論訓故に民 其の難に迫らるれば則ち其の便を求め、其の患に困しめば則ち其の備えを造る。人 各々其の知る所を以て、其の害を去り、其の利に就く。常故は循る可からず、器械は因る可からず。則ち先王の法度に移り易わる者有り。古の制、婚禮に主人を稱せず。舜 告げずして娶るは、非禮なり。子を立つるに長を以てす。文王 伯邑考を舍てて武王を用うるは、非制なり。禮に三十にして娶る。文王 十五にして武王を生むは、非法なり。夏后氏は阼階の上に殯し、殷人は兩楹の間に殯し、周人は西階の上に殯す。此れ禮の同じからざる者なり。有虞氏は瓦棺を用い、夏后氏は堲周し、殷人は槨を用い、周人は牆して翣を置く。此れ葬の同じからざる者なり。夏后氏は闇に祭り、殷人は陽に祭り、周人は日出でて以て朝に祭る。此れ祭の同じからざる者なり。堯は大章、舜は九韶、禹は大夏、湯は大濩、周は武象。此れ樂の同じからざる者なり。
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『淮南子』齊俗訓古者、繁しき升降槃還の禮を知らざるに非ざるなり。采齊・肆夏を蹀むの容を知らざるに非ざるなり。以為えらく、日を曠しくし民を煩わして用うる所無し、と。故に禮を制するは、實を佐け意を喻すに足るのみ。古者、鐘鼓を陳ね、筦簫を盛んにし、干戚を揚げ、羽旄を奮う能わざるに非ざるなり。以為えらく、財を費やし政を亂す、と。樂を制するは、歡を合し意を宣ぶるに足るのみ。喜びて音に羨れず。國を竭くし民を麋し、府を虛しくし財を殫くし、珠を含ませ鱗施し、綸組もて節束して、追いて死を送る能わざるに非ざるなり。以為えらく、民を窮せしめ業を絕ちて槁骨腐肉に益無し、と。故に葬薶は收斂蓋藏するに足るのみ。昔 舜 蒼梧に葬られて、市 其の肆を變ぜず。禹 會稽の山に葬られて、農 其の畝を易えず。生死の分に明らかに、侈儉の適に通ずる者なり。亂國は則ち然らず。言と行と相い悖り、情と貌と相い反す。禮は飾りて以て煩わしく、樂は優にして以て淫なり。死を崇びて以て生を害し、喪を久しくして以て行を招く。是を以て風俗 世に濁りて、誹譽 朝に萌す。是の故に聖人 廢して用いざるなり。義なる者は、理に循いて宜を行うなり。禮なる者は、情を體して文を制する者なり。義なる者は宜なり、禮なる者は體なり。
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『淮南子』氾論訓先王の制、宜しからざれば則ち之を廢す。末世の事、善ければ則ち之を著す。是の故に禮樂 未だ始めより常有らざるなり。故に聖人は禮樂を制して、禮樂に制せられず。國を治むるに常有り、而して民を利するを本と爲す。政教に經有り、而して令の行わるるを上と爲す。苟くも民に利あらば、必ずしも古に法らず。苟くも事に周からば、必ずしも舊に循わず。夫れ夏・商の衰うるや、法を變ぜずして亡ぶ。三代の起こるや、相い襲わずして王たり。故に聖人は法 時と與に變じ、禮 俗と與に化す。衣服器械は各々其の用に便にし、法度制令は各々其の宜しきに因る。故に古を變ずるは未だ非とす可からずして、俗に循うは未だ多とするに足らざるなり。百川 源を異にして皆な海に歸し、百家 業を殊にして皆な治に務む。
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『淮南子』氾論訓故に炎帝は火に於いて、死して灶と爲る。禹は天下を勞して、死して社と爲る。后稷は稼穡を作して、死して稷と爲る。羿は天下の害を除きて、死して宗布と爲る。此れ鬼神の立つ所以なり。北楚に任俠なる者有り。其の子孫 數ば諫めて之を止むるも、聽かざるなり。縣に賊有りて、大いに其の廬を搜す。事 果たして發覺し、夜 驚きて走る。追われて、道に之に及ぶ。其の德を施す所の者 皆な之が爲に戰い、免るるを得て遂に反る。其の子に語りて曰く、「汝 數ば吾が俠を爲すを止む。今 難有りて、果たして賴りて身を免る。而 我を諫むるは、用う可からざるなり」と。難を免るる所以を知りて、難無き所以を知らず。事を論ずること此くの如きは、豈に惑いならずや。