淮南子 / 氾論訓
相戲以刃太祖軵其肘者,夫以刃相戲,必為過失,過失相傷,其患必大,無涉血之仇爭忿鬥,而以小事自內於刑戮,愚者所不知忌也,故因太祖以累其心。枕戶橉而臥,鬼神履其首者,使鬼神能玄化,則不待戶牖之行,若循虛而出入,則亦無能履也,夫戶牖者,風氣之所從往來,而風氣者,陰陽相捔者也,離者必病,故託鬼神以伸誡之也。凡此之屬,皆不可勝著於書策竹帛而藏於官府者也,故以禨祥明之。為愚者之不知其害,乃借鬼神之威以聲其教,所由來者遠矣。而愚者以為禨祥,而狠者以為非,唯有道者能通其志。
新字:相戯以刃太祖軵其肘者,夫以刃相戯,必為過失,過失相傷,其患必大,無渉血之仇争忿鬥,而以小事自内於刑戮,愚者所不知忌也,故因太祖以累其心。枕戸橉而臥,鬼神履其首者,使鬼神能玄化,則不待戸牖之行,若循虚而出入,則亦無能履也,夫戸牖者,風気之所従往来,而風気者,陰陽相捔者也,離者必病,故託鬼神以伸誡之也。凡此之属,皆不可勝著於書策竹帛而蔵於官府者也,故以禨祥明之。為愚者之不知其害,乃借鬼神之威以声其教,所由来者遠矣。而愚者以為禨祥,而狠者以為非,唯有道者能通其志。
書き下し
刃を以て相い戲るれば太祖 其の肘を軵すとは、夫れ刃を以て相い戲るれば、必ず過失を爲す。過失 相い傷つけば、其の患い 必ず大なり。涉血の仇、爭忿の鬥無くして、小事を以て自ら刑戮に內るるは、愚者の忌むを知らざる所なり。故に太祖に因りて以て其の心を累わすなり。戶橉に枕して臥せば、鬼神 其の首を履むとは、鬼神をして能く玄化せしめば、則ち戶牖の行を待たず。虛に循いて出入するが若くんば、則ち亦た履む能わざるなり。夫れ戶牖なる者は、風氣の從いて往來する所にして、風氣なる者は、陰陽の相い捔る者なり。離る者は必ず病む。故に鬼神に託して以て之を伸誡するなり。凡そ此の屬は、皆な勝げて書策竹帛に著して官府に藏す可からざる者なり。故に禨祥を以て之を明らかにす。愚者の其の害を知らざるが爲に、乃ち鬼神の威を借りて以て其の教を聲にす。由りて來たる所の者 遠し。而して愚者は以て禨祥と爲し、狠なる者は以て非と爲す。唯だ有道の者のみ能く其の志に通ず。
現代語訳
刃物でふざけ合うと太祖が肘を突く、というのは、刃物でふざけ合えば必ず過失が起こるからである。過失で互いを傷つければ、その患いは必ず大きい。血を見るほどの仇でも怒りの果ての喧嘩でもないのに、些細なことから自分で刑戮に飛び込むのは、愚かな者が忌むべきと知らないところである。だから太祖にかこつけて心に引っかかりを作った。敷居に頭を乗せて寝ると鬼神がその頭を踏む、というのは、もし鬼神が奥深く変化できるなら、戸口を通る必要がない。虚に沿って出入りするなら、踏むこともできない。戸口は風と気が往き来するところであり、風と気は陰と陽がせめぎ合うものである。そこに寝れば必ず病む。だから鬼神にかこつけて戒めたのである。この類はどれも、書物に書き尽くして役所に納めることができないものである。だから吉凶の言い伝えで示す。愚かな者がその害を知らないので、鬼神の威を借りてその教えを声にした。その由来は遠い。それでも愚かな者はそれを迷信とし、頑なな者はそれを間違いとする。ただ道のある者だけがその意図に通じる。
解説
この章句が説くこと
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