淮南子 / 氾論訓
故民迫其難則求其便,困其患則造其備,人各以其所知,去其所害,就其所利。常故不可循,器械不可因也,則先王之法度有移易者矣。古之制,婚禮不稱主人,舜不告而娶,非禮也。立子以長,文王舍伯邑考而用武王,非制也。禮三十而娶,文王十五而生武王,非法也。夏后氏殯於阼階之上,殷人殯於兩楹之間,周人殯於西階之上,此禮之不同者也。有虞氏用瓦棺,夏后氏堲周,殷人用槨,周人牆置翣,此葬之不同者也。夏后氏祭於闇,殷人祭於陽,周人祭於日出以朝,此祭之不同者也。堯大章,舜九韶,禹大夏,湯大濩,周武象,此樂之不同者也。
新字:故民迫其難則求其便,困其患則造其備,人各以其所知,去其所害,就其所利。常故不可循,器械不可因也,則先王之法度有移易者矣。古之制,婚礼不称主人,舜不告而娶,非礼也。立子以長,文王舎伯邑考而用武王,非制也。礼三十而娶,文王十五而生武王,非法也。夏后氏殯於阼階之上,殷人殯於両楹之間,周人殯於西階之上,此礼之不同者也。有虞氏用瓦棺,夏后氏堲周,殷人用槨,周人牆置翣,此葬之不同者也。夏后氏祭於闇,殷人祭於陽,周人祭於日出以朝,此祭之不同者也。堯大章,舜九韶,禹大夏,湯大濩,周武象,此楽之不同者也。
書き下し
故に民 其の難に迫らるれば則ち其の便を求め、其の患に困しめば則ち其の備えを造る。人 各々其の知る所を以て、其の害を去り、其の利に就く。常故は循る可からず、器械は因る可からず。則ち先王の法度に移り易わる者有り。古の制、婚禮に主人を稱せず。舜 告げずして娶るは、非禮なり。子を立つるに長を以てす。文王 伯邑考を舍てて武王を用うるは、非制なり。禮に三十にして娶る。文王 十五にして武王を生むは、非法なり。夏后氏は阼階の上に殯し、殷人は兩楹の間に殯し、周人は西階の上に殯す。此れ禮の同じからざる者なり。有虞氏は瓦棺を用い、夏后氏は堲周し、殷人は槨を用い、周人は牆して翣を置く。此れ葬の同じからざる者なり。夏后氏は闇に祭り、殷人は陽に祭り、周人は日出でて以て朝に祭る。此れ祭の同じからざる者なり。堯は大章、舜は九韶、禹は大夏、湯は大濩、周は武象。此れ樂の同じからざる者なり。
現代語訳
民は困難に迫られればその便利を求め、患いに苦しめばその備えを作る。人はそれぞれ知っていることによって、害を去り利につく。昔からの決まりに従うことはできず、道具にそのまま拠ることもできない。だから先王の法度にも移り変わったものがある。古い制度では、婚礼に主人の名を挙げない。舜が親に告げずに娶ったのは、礼に外れている。子を立てるには長子による。文王が伯邑考を措いて武王を用いたのは、制度に外れている。礼では三十で娶る。文王が十五で武王をもうけたのは、法に外れている。夏后氏は東の階の上に棺を安置し、殷人は二本の柱のあいだに安置し、周人は西の階の上に安置した。これは礼の異なるところである。有虞氏は瓦の棺を用い、夏后氏は焼き土で囲み、殷人は外棺を用い、周人は垣を作って扇の飾りを置いた。これは葬りの異なるところである。夏后氏は暗いうちに祭り、殷人は明るいうちに祭り、周人は日が出てから朝に祭った。これは祭りの異なるところである。堯は大章、舜は九韶、禹は大夏、湯は大濩、周は武象。これは楽の異なるところである。
解説
この章句が説くこと
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