淮南子 / 齊俗訓
古者,非不知繁升降槃還之禮也,蹀采齊、肆夏之容也,以為曠日煩民而無所用,故制禮足以佐實喻意而已矣。古者,非不能陳鐘鼓,盛筦簫,揚干戚,奮羽旄,以為費財亂政,制樂足以合歡宣意而已,喜不羨於音。非不能竭國麋民,虛府殫財,含珠鱗施,綸組節束,追送死也,以為窮民絕業而無益於槁骨腐肉也,故葬薶足以收斂蓋藏而已。昔舜葬蒼梧,市不變其肆;禹葬會稽之山,農不易其畝;明乎生死之分,通乎侈儉之適者也。亂國則不然,言與行相悖,情與貌相反,禮飾以煩,樂優以淫,崇死以害生,久喪以招行,是以風俗濁於世,而誹譽萌於朝,是故聖人廢而不用也。義者,循理而行宜也;禮者,體情制文者也。義者宜也,禮者體也。
新字:古者,非不知繁升降槃還之礼也,蹀采斉、肆夏之容也,以為曠日煩民而無所用,故制礼足以佐実喩意而已矣。古者,非不能陳鐘鼓,盛筦簫,揚干戚,奮羽旄,以為費財乱政,制楽足以合歓宣意而已,喜不羨於音。非不能竭国麋民,虚府殫財,含珠鱗施,綸組節束,追送死也,以為窮民絶業而無益於槁骨腐肉也,故葬薶足以収斂蓋蔵而已。昔舜葬蒼梧,市不変其肆;禹葬会稽之山,農不易其畝;明乎生死之分,通乎侈倹之適者也。乱国則不然,言与行相悖,情与貌相反,礼飾以煩,楽優以淫,崇死以害生,久喪以招行,是以風俗濁於世,而誹誉萌於朝,是故聖人廃而不用也。義者,循理而行宜也;礼者,体情制文者也。義者宜也,礼者体也。
書き下し
古者、繁しき升降槃還の禮を知らざるに非ざるなり。采齊・肆夏を蹀むの容を知らざるに非ざるなり。以為えらく、日を曠しくし民を煩わして用うる所無し、と。故に禮を制するは、實を佐け意を喻すに足るのみ。古者、鐘鼓を陳ね、筦簫を盛んにし、干戚を揚げ、羽旄を奮う能わざるに非ざるなり。以為えらく、財を費やし政を亂す、と。樂を制するは、歡を合し意を宣ぶるに足るのみ。喜びて音に羨れず。國を竭くし民を麋し、府を虛しくし財を殫くし、珠を含ませ鱗施し、綸組もて節束して、追いて死を送る能わざるに非ざるなり。以為えらく、民を窮せしめ業を絕ちて槁骨腐肉に益無し、と。故に葬薶は收斂蓋藏するに足るのみ。昔 舜 蒼梧に葬られて、市 其の肆を變ぜず。禹 會稽の山に葬られて、農 其の畝を易えず。生死の分に明らかに、侈儉の適に通ずる者なり。亂國は則ち然らず。言と行と相い悖り、情と貌と相い反す。禮は飾りて以て煩わしく、樂は優にして以て淫なり。死を崇びて以て生を害し、喪を久しくして以て行を招く。是を以て風俗 世に濁りて、誹譽 朝に萌す。是の故に聖人 廢して用いざるなり。義なる者は、理に循いて宜を行うなり。禮なる者は、情を體して文を制する者なり。義なる者は宜なり、禮なる者は體なり。
現代語訳
いにしえの人は、細かい昇り降りや回りの作法を知らなかったのではない。采齊や肆夏の曲に合わせて歩く作法を知らなかったのでもない。日を費やし民を煩わせて役に立たないと考えたのである。だから礼を作るのは、実を助け意を伝えるに足りるだけにした。いにしえの人は、鐘や太鼓を並べ、笛を盛んにし、盾や斧を掲げ、羽飾りを振ることができなかったのではない。財を費やし政を乱すと考えたのである。楽を作るのは、喜びを合わせ思いを述べるに足りるだけにした。喜んでも音に溺れなかった。国を尽くし民を疲れさせ、蔵を空にし財を使い果たし、玉を口に含ませ鱗の飾りをつけ、組み紐で束ねて死者を送ることができなかったのではない。民を窮させ生業を絶っても、乾いた骨と腐った肉には益がないと考えたのである。だから葬りは、納めて覆うに足りるだけにした。昔、舜が蒼梧に葬られたとき、市は店の並びを変えなかった。禹が会稽の山に葬られたとき、農民は畑仕事を変えなかった。生死の分かれ目に明るく、贅沢と倹約の加減に通じていたのである。乱れた国はそうではない。言葉と行いが食い違い、情と姿かたちが逆になる。礼は飾られて煩わしく、楽は華やかで溺れる。死を崇めて生を損ない、喪を長引かせて振る舞いを招く。だから風俗は世に濁り、そしりと誉れが朝廷に芽を出す。だから聖人は廃して用いない。義とは理に従ってふさわしさを行うことであり、礼とは情を体としてかたちを作るものである。義とはふさわしさであり、礼とは体である。
解説
この章句が説くこと
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