淮南子 / 氾論訓
夫雌雄相接,陰陽相薄,羽者為雛□,毛者為駒犢,柔者為皮肉,堅者為齒角,人弗怪也;水生蠬蜄,山生金玉,人弗怪也;老槐生火,久血為燐,人弗怪也。山出梟陽,水生罔象,木生畢方,井生墳羊,人怪之,聞見鮮而識物淺也。天下之怪物,聖人之所獨見;利害之反覆,知者之所獨明達也。同異嫌疑者,世俗之所眩惑也。
新字:夫雌雄相接,陰陽相薄,羽者為雛□,毛者為駒犢,柔者為皮肉,堅者為齒角,人弗怪也;水生蠬蜄,山生金玉,人弗怪也;老槐生火,久血為燐,人弗怪也。山出梟陽,水生罔象,木生畢方,井生墳羊,人怪之,聞見鮮而識物浅也。天下之怪物,聖人之所独見;利害之反覆,知者之所独明達也。同異嫌疑者,世俗之所眩惑也。
書き下し
夫れ雌雄 相い接し、陰陽 相い薄り、羽ある者は雛□と爲り、毛ある者は駒犢と爲り、柔らかき者は皮肉と爲り、堅き者は齒角と爲るも、人 怪しまざるなり。水は蠬蜄を生じ、山は金玉を生ずるも、人 怪しまざるなり。老槐は火を生じ、久血は燐と爲るも、人 怪しまざるなり。山に梟陽を出だし、水に罔象を生じ、木に畢方を生じ、井に墳羊を生ずれば、人 之を怪しむ。聞見 鮮くして物を識ること淺ければなり。天下の怪物は、聖人の獨り見る所なり。利害の反覆は、知者の獨り明達する所なり。同異嫌疑なる者は、世俗の眩惑する所なり。
現代語訳
雌雄が交わり、陰と陽がせめぎ合って、羽のあるものは雛〔一字を欠く〕となり、毛のあるものは子馬や子牛となり、柔らかいものは皮や肉となり、堅いものは歯や角となるが、人は怪しまない。水が貝を生み、山が金や玉を生むが、人は怪しまない。老いた槐が火を生み、古い血が燐となるが、人は怪しまない。山に梟陽が出て、水に罔象が生じ、木に畢方が生じ、井戸に墳羊が生じると、人はこれを怪しむ。見聞きしたことが少なく、物を知ることが浅いからである。天下の怪しいものは、聖人だけが見て取る。利と害の裏返りは、知者だけが見通す。似ていて紛らわしいものは、世の人が目をくらませるところである。
解説
卵から雛が生まれ、古い血が燐になる。どちらも説明のつかないことなのに、誰も怪しみません。一方、山の怪や井戸の怪には驚く。「聞見 鮮くして物を識ること淺ければなり」。不思議さの基準は、対象の側ではなく、こちらの見慣れ具合にある、と。日常の中の不思議には気づかず、珍しいものにだけ驚くのが人だ、という観察です。
この章句が説くこと
雌雄相い接し陰陽相い薄る柔らかき者は皮肉と為り堅き者は齒角と為るも人怪しまざるなり老槐は火を生じ久血は燐と為るも人怪しまず山に梟陽を出だし井に墳羊を生ずれば人之を怪しむ聞見鮮くして物を識ること浅ければなり常識
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