淮南子 / 氾論訓
故人之嗜慾,亦猶此也。齊人有盜金者,當市繁之時,至掇而走。勒問其故曰:「而盜金於市中,何也?」對曰:「吾不見人,徒見金耳!」志所欲,則忘其為矣。是故聖人審動靜之變,而適受與之度,理好憎之情,和喜怒之節。夫動靜得,則患弗過也;受與適,則罪弗累也;好憎理,則憂弗近也;喜怒節,則怨弗犯也。
新字:故人之嗜慾,亦猶此也。斉人有盗金者,当市繁之時,至掇而走。勒問其故曰:「而盗金於市中,何也?」対曰:「吾不見人,徒見金耳!」志所欲,則忘其為矣。是故聖人審動静之変,而適受与之度,理好憎之情,和喜怒之節。夫動静得,則患弗過也;受与適,則罪弗累也;好憎理,則憂弗近也;喜怒節,則怨弗犯也。
書き下し
故に人の嗜慾も、亦た猶お此くのごときなり。齊人に金を盜む者有り。市の繁なる時に當たりて、至りて掇いて走る。勒 其の故を問いて曰く、「而 金を市中に盜むは、何ぞや」と。對えて曰く、「吾 人を見ず、徒だ金を見るのみ」と。志の欲する所あれば、則ち其の爲を忘るるなり。是の故に聖人は動靜の變を審らかにして、受與の度に適い、好憎の情を理め、喜怒の節を和す。夫れ動靜 得れば、則ち患い 過らざるなり。受與 適えば、則ち罪 累わさざるなり。好憎 理まれば、則ち憂い 近づかざるなり。喜怒 節あれば、則ち怨み 犯さざるなり。
現代語訳
人の欲もまた、これと同じである。斉の人に金を盗んだ者がいた。市がいちばん賑わっている時に、行ってつかんで走った。捕吏がわけを問うた、「おまえは市の中で金を盗んだ。どういうことか」。答えて言った、「私には人が見えなかった。ただ金だけが見えたのだ」。心が欲するものがあれば、自分のしていることを忘れる。だから聖人は動と静の移り変わりを見きわめ、受け取りと与えの加減に適い、好き嫌いの情を整え、喜怒の節を和らげる。動と静が適っていれば、患いは通り過ぎない。受け取りと与えが適っていれば、罪が身に積まれない。好き嫌いが整っていれば、憂いは近づかない。喜怒に節があれば、怨みは犯してこない。
解説
白昼の市で金をつかんで走った男の答えが忘れがたい。「吾 人を見ず、徒だ金を見るのみ」。人がいないと思ったのではなく、見えていなかった。「志の欲する所あれば、則ち其の爲を忘るるなり」。欲しいものがあると、自分が何をしているかまで視界から消える。犯行の説明でありながら、日常の判断にもそのまま当てはまります。
この章句が説くこと
斉人に金を盗む者有り市の繁なる時に当たりて至りて掇いて走る吾人を見ず徒だ金を見るのみ志の欲する所あれば則ち其の為を忘るるなり聖人は動静の変を審らかにして受与の度に適う好憎理まれば則ち憂い近づかず喜怒節あれば則ち怨み犯さず欲
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