淮南子 / 氾論訓
古之善賞者,費少而勸眾;善罰者,刑省而姦禁;善予者,用約而為德;善取者,入多而無怨。趙襄子圍於晉陽,罷圍而賞有功者五人,高赫為賞首。左右曰:「晉陽之難,赫無大功,今為賞首,何也?」襄子曰:「晉陽之圍,寡人社稷危,國家殆,群臣無不有驕侮之心,唯赫不失君臣之禮。」故賞一人,而天下為忠之臣者莫不終忠於其君。此賞少而勸善者眾也。
新字:古之善賞者,費少而勧衆;善罰者,刑省而姦禁;善予者,用約而為徳;善取者,入多而無怨。趙襄子囲於晋陽,罷囲而賞有功者五人,高赫為賞首。左右曰:「晋陽之難,赫無大功,今為賞首,何也?」襄子曰:「晋陽之囲,寡人社稷危,国家殆,群臣無不有驕侮之心,唯赫不失君臣之礼。」故賞一人,而天下為忠之臣者莫不終忠於其君。此賞少而勧善者衆也。
書き下し
古の善く賞する者は、費 少なくして眾を勸む。善く罰する者は、刑 省にして姦 禁ぜらる。善く予うる者は、用 約にして德を爲す。善く取る者は、入ること多くして怨み無し。趙襄子 晉陽に圍まる。圍みを罷めて功有る者五人を賞するに、高赫を賞首と爲す。左右曰く、「晉陽の難、赫に大功無し。今 賞首と爲すは、何ぞや」と。襄子曰く、「晉陽の圍み、寡人 社稷 危うく、國家 殆うし。群臣 驕侮の心有らざる無し。唯だ赫のみ君臣の禮を失わず」と。故に一人を賞して、天下の忠を爲すの臣たる者、其の君に終に忠ならざる莫し。此れ賞 少なくして善を勸むる者 眾きなり。
現代語訳
昔よく賞した者は、費えが少なくて多くの人を励ました。よく罰した者は、刑が簡略で悪が禁じられた。よく与えた者は、使う量が少なくて徳となった。よく取った者は、入るものが多くて怨みがなかった。趙襄子が晋陽で囲まれた。囲みが解けて功のあった者五人を賞したとき、高赫を賞の筆頭とした。側近が言った、「晋陽の難で、高赫に大きな功はありません。それを賞の筆頭とするのはなぜですか」。襄子は言った、「晋陽の囲みでは、私の社稷は危うく、国家は危なかった。群臣は誰もが驕り侮る心を抱いた。ただ高赫だけが君臣の礼を失わなかった」。だから一人を賞して、天下の忠義な臣となる者は、みな最後まで主君に忠であった。これが賞が少なくて善を勧めることの多い例である。
解説
この章句が説くこと
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