淮南子 / 氾論訓
夫顏喙聚,梁父之大盜也,而為齊忠臣。段干木,晉國之大駔也,而為文侯師。孟卯妻其嫂,有五子焉,然而相魏,寧其危,解其患。景陽淫酒,被髮而御於婦人,威服諸侯。此四人者,皆有所短,然而功名不滅者,其略得也。季襄、陳仲子立節抗行,不入洿君之朝,不食亂世之食,遂餓而死。不能存亡接絕者何?小節伸而大略屈。故小謹者無成功,訾行者不容於眾,體大者節疏,蹠距者舉遠。自古及今,五帝三王,未有能全其行者也。
新字:夫顏喙聚,梁父之大盗也,而為斉忠臣。段干木,晉国之大駔也,而為文侯師。孟卯妻其嫂,有五子焉,然而相魏,寧其危,解其患。景陽淫酒,被髪而御於婦人,威服諸侯。此四人者,皆有所短,然而功名不滅者,其略得也。季襄、陳仲子立節抗行,不入洿君之朝,不食乱世之食,遂餓而死。不能存亡接絶者何?小節伸而大略屈。故小謹者無成功,訾行者不容於眾,体大者節疏,蹠距者舉遠。自古及今,五帝三王,未有能全其行者也。
書き下し
夫れ顏喙聚は、梁父の大盜なり。而して齊の忠臣と爲る。段干木は、晉國の大駔なり。而して文侯の師と爲る。孟卯は其の嫂を妻とし、五子有り。然れども魏に相たり、其の危きを寧んじ、其の患を解く。景陽は酒に淫し、髮を被りて婦人に御せらる。而も威 諸侯を服す。此の四人なる者は、皆な短なる所有り。然れども功名 滅せざる者は、其の略 得ればなり。季襄・陳仲子は節を立て行を抗げ、洿君の朝に入らず、亂世の食を食らわず、遂に餓えて死す。亡を存し絕を接ぐ能わざるは何ぞ。小節 伸びて大略 屈すればなり。故に小謹なる者は成功無く、訾行なる者は眾に容れられず。體 大なる者は節 疏に、蹠 距つる者は舉ぐること遠し。古より今に及ぶまで、五帝三王、未だ能く其の行いを全うする者有らざるなり。
現代語訳
顔喙聚は梁父の大盗であった。それが斉の忠臣となった。段干木は晋国の大馬喰であった。それが文侯の師となった。孟卯は兄嫁を妻とし、五人の子をもうけた。それでも魏の宰相となり、その危うきを安んじ、その患いを解いた。景陽は酒に溺れ、髪を振り乱して女に世話をさせていた。それでも威で諸侯を従わせた。この四人にはみな短所があった。それでも功名が消えなかったのは、大筋を得ていたからである。季襄と陳仲子は節を立て行いを高く掲げ、汚れた君の朝廷に入らず、乱れた世の食を食べず、ついに餓えて死んだ。滅びかけたものを存え、絶えかけたものを継ぐことができなかったのはなぜか。小さな節が伸びて、大きな筋が屈したからである。だから小さなことに謹み過ぎる者に成功はなく、人をそしる者は人々に容れられない。体の大きいものは節と節の間隔が広く、大きく踏み出す者は遠くまで行く。古から今まで、五帝三王でも、行いを完全に全うできた者はいない。
解説
この章句が説くこと
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