淮南子 / 齊俗訓
故事周於世則功成,務合於時則名立。昔齊桓公合諸侯以乘車,退誅於國以斧鉞;晉文公合諸侯以革車,退行於國以禮義。桓公前柔而後剛,文公前剛而後柔,然而令行乎天下,權制諸侯鈞者,審於勢之變也。顏闔,魯君欲相之,而不肯,使人以幣先焉,鑿培而遁之,為天下顯武。使遇商鞅、申不害,刑及三族,又況身乎!世多稱古之人而高其行,並世有與同者而弗知貴也,非才下也,時弗宜也。故六騏驥、四駃騠,以濟江河,不若窾木便者,處世然也。是故立功之人,簡於行而謹於時。
新字:故事周於世則功成,務合於時則名立。昔斉桓公合諸侯以乗車,退誅於国以斧鉞;晉文公合諸侯以革車,退行於国以礼義。桓公前柔而後剛,文公前剛而後柔,然而令行乎天下,権制諸侯鈞者,審於勢之変也。顏闔,魯君欲相之,而不肯,使人以幣先焉,鑿培而遁之,為天下顕武。使遇商鞅、申不害,刑及三族,又況身乎!世多称古之人而高其行,並世有与同者而弗知貴也,非才下也,時弗宜也。故六騏驥、四駃騠,以済江河,不若窾木便者,処世然也。是故立功之人,簡於行而謹於時。
書き下し
故に事 世に周ければ則ち功 成り、務め 時に合すれば則ち名 立つ。昔 齊桓公は諸侯を合するに乘車を以てし、退きて國に誅するに斧鉞を以てす。晉文公は諸侯を合するに革車を以てし、退きて國に行うに禮義を以てす。桓公は前に柔にして後に剛、文公は前に剛にして後に柔なり。然れども令 天下に行われ、權 諸侯を制すること鈞しき者は、勢の變に審らかなればなり。顏闔は、魯君 之を相たらしめんと欲するも、肯んぜず。人をして幣を以て先んぜしむれば、培を鑿ちて之を遁る。天下の顯武と為る。商鞅・申不害に遇わしめば、刑 三族に及ばん。又た況んや身をや。世 多く古の人を稱して其の行いを高しとし、並世に與に同じき者有るも貴ぶを知らざるは、才の下れるに非ず、時 宜しからざればなり。故に六騏驥、四駃騠もて、以て江河を濟るは、窾木の便なるに若かず。處る世 然らしむるなり。是の故に功を立つるの人は、行いに簡にして時に謹む。
現代語訳
だから事が世に行き渡れば功が成り、務めが時に合えば名が立つ。昔、斉の桓公は諸侯を集めるのに乗用の車を用い、帰って国内で誅するのに斧鉞を用いた。晋の文公は諸侯を集めるのに戦車を用い、帰って国内で行うのに礼義を用いた。桓公は先に柔らかく後に剛く、文公は先に剛く後に柔らかい。それでも令が天下に行われ、権が諸侯を制した点で等しかったのは、勢いの変化に通じていたからである。顔闔は、魯の君が宰相にしようとしたが承知しなかった。人を遣わして礼物を先に届けさせると、土壁を穿って逃げた。天下に名の知れた振る舞いである。もし商鞅や申不害に遭っていたら、刑は三族に及んだだろう。まして本人はなおさらである。世の人は古の人を称えてその行いを高しとするが、同じ世に同じような者がいても貴ぶことを知らない。才が劣っているのではなく、時が合っていないのである。だから六頭の駿馬や四頭の駃騠で大河を渡るのは、くり抜いた木の舟に及ばない。置かれた世がそうさせるのである。だから功を立てる人は、行いを簡素にして時に慎む。