淮南子 / 氾論訓
今人君論其臣也,不計其大功,總其略行,而求其小善,則失賢之數也。故人有厚德,無問其小節;而有大譽,無疵其小故。夫牛蹄之涔不能生鱣鮪,而蜂房不容鵠卵,小形不足以包大體也。夫人之情,莫不有所短。誠其大略是也,雖有小過,不足以為累。若其大略非也,雖有閭里之行,未足大舉。
新字:今人君論其臣也,不計其大功,総其略行,而求其小善,則失賢之数也。故人有厚徳,無問其小節;而有大誉,無疵其小故。夫牛蹄之涔不能生鱣鮪,而蜂房不容鵠卵,小形不足以包大体也。夫人之情,莫不有所短。誠其大略是也,雖有小過,不足以為累。若其大略非也,雖有閭里之行,未足大舉。
書き下し
今 人君 其の臣を論ずるや、其の大功を計らずして、其の略行を總べて、其の小善を求むるは、則ち賢を失うの數なり。故に人に厚德有らば、其の小節を問う無かれ。而して大譽有らば、其の小故を疵とする無かれ。夫れ牛蹄の涔は鱣鮪を生ずる能わず、而して蜂房は鵠卵を容れず。小形は以て大體を包むに足らざればなり。夫れ人の情、短なる所有らざる莫し。誠に其の大略 是ならば、小過有りと雖も、以て累と爲すに足らず。若し其の大略 非ならば、閭里の行有りと雖も、未だ大いに舉ぐるに足らず。
現代語訳
いま君主が臣を評するとき、その大きな功を数えずに、大まかな行いをひとまとめにして、小さな善を求めるのは、賢者を失うやり方である。だから人に厚い徳があるなら、その小さな節目を問うな。大きな誉れがあるなら、その小さな事情を疵としてはならない。牛の蹄あとに溜まった水では大きな魚は育たず、蜂の巣に白鳥の卵は入らない。小さい形では大きなものを包めないからである。人の情として、短所のない者はいない。本当に大筋が正しければ、小さな過ちがあっても重荷にはならない。もし大筋が誤っていれば、近所づきあいの良さがあっても、大きく取り立てるには足りない。
解説
牛の蹄あとの水たまりと蜂の巣。どちらも小さすぎて大きなものを容れられない。人を測る枠が小さいと、大きい人材は入らない、という喩えです。基準もはっきりしていて、大筋が正しければ小さな過ちは重荷にならず、大筋が誤っていれば近所づきあいの良さでは足りない。小さな善行の有無ではなく、大筋の向きで判断する、と。
この章句が説くこと
人君其の臣を論ずるや其の大功を計らずして其の小善を求むるは則ち賢を失うの数なり人に厚徳有らば其の小節を問う無かれ牛蹄の涔は鱣鮪を生ずる能わず蜂房は鵠卵を容れず小形は以て大体を包むに足らざればなり其の大略是ならば小過有りと雖も以て累と為すに足らず評価
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