淮南子 / 氾論訓
猩猩知往而不知來,乾鵠知來而不知往,此脩短之分也。昔者萇弘,周室之執數者也,天地之氣,日月之行,風雨之變,律曆之數,無所不通,然而不能自知,車裂而死。
新字:猩猩知往而不知来,乾鵠知来而不知往,此脩短之分也。昔者萇弘,周室之執数者也,天地之気,日月之行,風雨之変,律暦之数,無所不通,然而不能自知,車裂而死。
書き下し
猩猩は往を知りて來を知らず、乾鵠は來を知りて往を知らず。此れ脩短の分なり。昔者 萇弘は、周室の數を執る者なり。天地の氣、日月の行、風雨の變、律曆の數、通ぜざる所無し。然れども自ら知る能わずして、車裂して死す。
現代語訳
猩猩は過ぎたことを知って来ることを知らず、乾鵠は来ることを知って過ぎたことを知らない。これは長短の分かれである。昔、萇弘は周王室で暦数を司る者であった。天地の気、日月の運行、風雨の変化、律と暦の数、通じていないものはなかった。それでいて自分のことは知ることができず、車裂きにされて死んだ。
解説
過去は分かるが未来が読めない獣と、未来は読めるが過去を知らない鳥。どちらも半分です。その並びの直後に萇弘が置かれます。天地の気から暦の数まで通じていたのに、「自ら知る能わず」。分野の広さと、自分自身への見通しは別のものだ、と。専門の外側にある一点が、最後に致命傷になった例として書かれています。
この章句が説くこと
猩猩は往を知りて来を知らず乾鵠は来を知りて往を知らず此れ脩短の分なり萇弘は周室の数を執る者なり天地の気日月の行風雨の変律暦の数通ぜざる所無し然れども自ら知る能わずして車裂して死す専門
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