淮南子 / 氾論訓
今不知道者,見柔懦者侵,則矜為剛毅;見剛毅者亡,則矜為柔懦。此本無主於中,而見聞舛馳於外者也,故終身而無所定趨。譬猶不知音者之歌也,濁之則鬱而無轉,清之則燋而不謳。及至韓娥、秦青、薛談之謳,侯同、曼聲之歌,憤於志,積於內,盈而發音,則莫不比於律而和於人心。何則?中有本主以定清濁,不受於外而自為儀表也。
新字:今不知道者,見柔懦者侵,則矜為剛毅;見剛毅者亡,則矜為柔懦。此本無主於中,而見聞舛馳於外者也,故終身而無所定趨。譬猶不知音者之歌也,濁之則鬱而無転,清之則燋而不謳。及至韓娥、秦青、薛談之謳,侯同、曼声之歌,憤於志,積於内,盈而発音,則莫不比於律而和於人心。何則?中有本主以定清濁,不受於外而自為儀表也。
書き下し
今 道を知らざる者は、柔懦なる者の侵さるるを見れば、則ち矜りて剛毅と爲す。剛毅なる者の亡ぶるを見れば、則ち矜りて柔懦と爲す。此れ本より中に主無くして、見聞 外に舛馳する者なり。故に終身にして定まり趨く所無し。譬うれば猶お音を知らざる者の歌うがごときなり。之を濁くすれば則ち鬱して轉ずる無く、之を清くすれば則ち燋げて謳わず。韓娥・秦青・薛談の謳、侯同・曼聲の歌に至るに及びては、志に憤り、内に積み、盈ちて音を發す。則ち律に比して人心に和せざる莫し。何となれば則ち、中に本主有りて以て清濁を定め、外に受けずして自ら儀表を爲せばなり。
現代語訳
いま道を知らない者は、柔弱な者が侵されるのを見れば、剛毅であることを誇る。剛毅な者が亡ぶのを見れば、柔弱であることを誇る。これはもともと内に主がなく、見聞きしたものに外で振り回されているのである。だから生涯、定まって向かう先がない。たとえば音を知らない者が歌うようなものだ。低くすればこもって転がらず、高くすれば焦げついて歌にならない。韓娥や秦青や薛談の歌、侯同や曼声の歌になると、志に高ぶり、内に積もり、満ちて声になる。だから律に合い人の心に和さないものがない。なぜか。内に拠りどころがあって高低を定め、外から受け取らずに自分で基準を作っているからである。
解説
失敗例を見るたびに反対側へ飛び移る人を、「本より中に主無くして、見聞 外に舛馳する者」と切ります。柔らかい人が食われたと聞けば剛毅を誇り、剛毅な人が滅んだと聞けば柔弱を誇る。どちらも他人の結末を材料にしているだけで、自分の基準がない。歌の喩えが対になっていて、名歌手は「盈ちて音を發す」。内に満ちたものが先にあるから、高低を自分で決められる、と。
この章句が説くこと
柔懦なる者の侵さるるを見れば則ち矜りて剛毅と為す剛毅なる者の亡ぶるを見れば則ち矜りて柔懦と為す此れ本より中に主無くして見聞外に舛馳する者なり故に終身にして定まり趨く所無し中に本主有りて以て清濁を定め外に受けずして自ら儀表を為す主体
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