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淮南子 / 氾論訓

王道缺而詩作,周室廢、禮義壞而春秋作。詩、春秋,學之美者也,皆衰世之造也,儒者循之以教導於世,豈若三代之盛哉!以詩、春秋為古之道而貴之,又有未作詩、春秋之時。夫道其缺也,不若道其全也。誦先王之詩、書,不若聞得其言;聞得其言,不若得其所以言。得其所以言者,言弗能言也。故道可道者,非常道也。周公事文王也,行無專制,事無由己;身若不勝衣,言若不出口,有奉持於文王,洞洞屬屬,而將不能,恐失之,可謂能子矣。

新字:王道欠而詩作,周室廃、礼義壊而春秋作。詩、春秋,学之美者也,皆衰世之造也,儒者循之以教導於世,豈若三代之盛哉!以詩、春秋為古之道而貴之,又有未作詩、春秋之時。夫道其欠也,不若道其全也。誦先王之詩、書,不若聞得其言;聞得其言,不若得其所以言。得其所以言者,言弗能言也。故道可道者,非常道也。周公事文王也,行無専制,事無由己;身若不勝衣,言若不出口,有奉持於文王,洞洞属属,而将不能,恐失之,可謂能子矣。

書き下し

王道 缺けて詩 作り、周室 廢れ禮義 壞れて春秋 作る。詩・春秋は、學の美なる者なり。皆な衰世の造る所なり。儒者 之に循いて以て世に教導す。豈に三代の盛んなるが若きならんや。詩・春秋を以て古の道と爲して之を貴ぶも、又た未だ詩・春秋を作らざるの時有り。夫れ其の缺くるを道うは、其の全きを道うに若かず。先王の詩・書を誦するは、其の言を聞き得るに若かず。其の言を聞き得るは、其の言う所以を得るに若かず。其の言う所以を得る者は、言 能く言わざるなり。故に道の道う可き者は、常の道に非ざるなり。周公の文王に事うるや、行いに專制無く、事に己に由る無し。身は衣に勝えざるが若く、言は口より出でざるが若し。文王に奉持する有りて、洞洞屬屬として、將に能わざらんとするがごとく、之を失わんことを恐る。子たるに能くすと謂う可し。

現代語訳

王道が欠けて詩が作られ、周室が廃れ礼義が壊れて春秋が作られた。詩と春秋は学問の美しいものである。だがどれも衰えた世が生んだものである。儒者はそれに従って世を教え導く。三代の盛んだった頃に及ぼうか。詩や春秋を古の道として貴んでも、詩や春秋がまだ作られなかった時代があったのだ。欠けたところを語るのは、全きところを語るに及ばない。先王の詩や書を誦するのは、その言葉を直接聞くに及ばない。その言葉を聞くのは、その言葉の出どころを得るに及ばない。その出どころを得た者は、言葉では言えない。だから語りうる道は、常の道ではない。周公が文王に仕えたときは、行いに独断がなく、事を自分から起こさなかった。身は衣の重さにも堪えないようで、言葉は口から出ないようだった。文王に対して捧げ持つものがあり、慎み深く、できないことを恐れるようにして、失うまいとした。子として尽くしたといえる。

解説

詩も春秋も名著だが、どちらも欠けた世から生まれた、という見方です。「又た未だ詩・春秋を作らざるの時有り」。書かれる必要がなかった時代のほうが上に置かれます。そして三段の階梯。書を誦するより、言葉を直接聞くほうがよい。言葉を聞くより、その出どころを得るほうがよい。ただし出どころを得た者は、それを言葉にできない。学びの限界を、正面から書いています。

この章句が説くこと

王道欠けて詩作り周室廃れ礼義壊れて春秋作る詩・春秋は学の美なる者なり皆な衰世の造る所なり又た未だ詩・春秋を作らざるの時有り先王の詩・書を誦するは其の言を聞き得るに若かず其の言う所以を得る者は言能く言わざるなり古典

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