淮南子 / 氾論訓
故五帝異道而德覆天下,三王殊事而名施後世,此皆因時變而制禮樂者。譬猶師曠之施瑟柱也,所推移上下者無寸尺之度,而靡不中音。故通於禮樂之情者能作音,有本主於中,而以知榘彠之所周者也。魯昭公有慈母而愛之,死為之練冠,故有慈母之服。陽侯殺蓼侯而竊其夫人,故大饗廢夫人之禮。
新字:故五帝異道而徳覆天下,三王殊事而名施後世,此皆因時変而制礼楽者。譬猶師曠之施瑟柱也,所推移上下者無寸尺之度,而靡不中音。故通於礼楽之情者能作音,有本主於中,而以知榘彠之所周者也。魯昭公有慈母而愛之,死為之練冠,故有慈母之服。陽侯殺蓼侯而竊其夫人,故大饗廃夫人之礼。
書き下し
故に五帝 道を異にして德 天下を覆い、三王 事を殊にして名 後世に施す。此れ皆な時の變に因りて禮樂を制する者なり。譬えば猶お師曠の瑟柱を施すがごとし。推移して上下する所の者に寸尺の度無くして、音に中たらざる靡し。故に禮樂の情に通ずる者は能く音を作す。中に本主有りて、以て榘彠の周する所を知る者なり。魯の昭公 慈母有りて之を愛す。死して之が爲に練冠す。故に慈母の服有り。陽侯 蓼侯を殺して其の夫人を竊む。故に大饗 夫人の禮を廢す。
現代語訳
五帝は道を異にして徳が天下を覆い、三王は事を異にして名が後の世に及んだ。これはみな時の変化に応じて礼楽を作ったのである。たとえば師曠が瑟の柱を据えるようなものだ。動かして上下させるのに寸尺の決まりはないのに、音に外れることがない。だから礼楽の実情に通じた者だけが音を作れる。内に拠りどころを持っていて、それによって物差しの及ぶ範囲を知っている者である。魯の昭公には養い親の母がいて、これを慕っていた。亡くなったので喪の冠をかぶった。だから慈母のための喪服ができた。陽侯が蓼侯を殺してその夫人を奪った。だから大饗の礼から夫人の席が廃された。
解説
師曠が瑟の柱を動かす喩えが要点です。「推移して上下する所の者に寸尺の度無くして、音に中たらざる靡し」。何寸と決まっていないのに、外れない。決まりがないのではなく、内側に拠りどころがあるからです。「中に本主有りて」。そして礼が新しく作られた例が二つ、慈母の喪服と大饗の変更として挙がります。制度は事件のたびに書き換えられてきた、という具体例でした。
この章句が説くこと
五帝道を異にして徳天下を覆い三王事を殊にして名後世に施す此れ皆な時の変に因りて礼楽を制する者なり譬えば猶お師曠の瑟柱を施すがごとし推移して上下する所の者に寸尺の度無くして音に中たらざる靡し中に本主有りて以て榘彠の周する所を知る基準
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