淮南子 / 道應訓
白公勝慮亂。罷朝而立,倒杖策,錣上貫頤,血流至地而弗知也。鄭人聞之,曰:「頤之忘,將何不忘哉!」此言精神之越於外,智慮之蕩於内,則不能漏理其形也。是故神之所用者遠,則所遺者近也。故老子曰:「不出戸以知天下,不窺牖以見天道。其出彌遠,其知彌少。」此之謂也。
新字:白公勝慮乱。罷朝而立,倒杖策,錣上貫頤,血流至地而弗知也。鄭人聞之,曰:「頤之忘,将何不忘哉!」此言精神之越於外,智慮之蕩於内,則不能漏理其形也。是故神之所用者遠,則所遺者近也。故老子曰:「不出戸以知天下,不窺牖以見天道。其出弥遠,其知弥少。」此之謂也。
書き下し
白公勝 亂を慮る。朝を罷めて立ち、杖策を倒にす。錣 上りて頤を貫き、血 流れて地に至るも知らざるなり。鄭人 之を聞きて曰く、「頤すら之れ忘る、將に何をか忘れざらんや」と。此れ精神の外に越え、智慮の内に蕩えば、則ち能く其の形を漏理せざるを言うなり。是の故に神の用うる所の者 遠ければ、則ち遺るる所の者は近きなり。故に老子曰く、「戸を出でずして以て天下を知り、牖を窺わずして以て天道を見る。其の出づること彌々遠ければ、其の知ること彌々少なし」と。此れ之を謂うなり。
現代語訳
白公勝が乱を企てていた。朝廷から下がって立ち、杖を逆さに突いた。石突きが上を向いて顎を貫き、血が流れて地に垂れても気づかなかった。鄭の人はこれを聞いて言った、「顎さえ忘れるのだ、何を忘れないことがあろう」。これは、精神が外へ出て行き、思慮が内で揺れていれば、自分の体を保てないということである。だから神の使う先が遠ければ、忘れられるのは近いところである。だから老子は言った、「戸を出ずに天下を知り、窓をのぞかずに天の道を見る。出て行くことが遠いほど、知ることは少ない」。このことである。
解説
謀に没入するあまり、自分の顎を貫いた杖に気づかない。異様な光景ですが、指摘は冷静です。「神の用うる所の者 遠ければ、則ち遺るる所の者は近きなり」。意識を遠くへ向けているとき、抜け落ちるのはいちばん近いところ。遠大な計画に集中している人ほど、足元と自分の体を落としている、という診断になります。
この章句が説くこと
白公勝乱を慮る杖策を倒にす錣上りて頤を貫き血流れて地に至るも知らざるなり頤すら之れ忘る将に何をか忘れざらんや精神の外に越え智慮の内に蕩えば則ち能く其の形を漏理せず神の用うる所の者遠ければ則ち遺るる所の者は近きなり集中
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