淮南子 / 道應訓
齊王后死,王欲置後而未定。使群臣議。薛公欲中王之意,因獻十珥而美其一。旦日,因問美珥之所在。因勸立以爲王后。齊王大説,遂尊重薛公。故人主之意欲見於外,則爲人臣之所制。故老子曰:「塞其兌,閉其門,終身不勤。」
新字:斉王后死,王欲置後而未定。使群臣議。薛公欲中王之意,因献十珥而美其一。旦日,因問美珥之所在。因勧立以為王后。斉王大説,遂尊重薛公。故人主之意欲見於外,則為人臣之所制。故老子曰:「塞其兌,閉其門,終身不勤。」
書き下し
齊の王后 死す。王 後を置かんと欲して未だ定まらず。群臣をして議せしむ。薛公 王の意に中らんと欲し、因りて十珥を獻じて其の一を美にす。旦日、因りて美珥の在る所を問う。因りて立てて以て王后と爲さんことを勸む。齊王 大いに説び、遂に薛公を尊重す。故に人主の意欲 外に見わるれば、則ち人臣の制する所と爲る。故に老子曰く、「其の兌を塞ぎ、其の門を閉ざせば、終身 勤れず」と。
現代語訳
斉の王后が死んだ。王は後を立てようとしてまだ決まらない。群臣に議論させた。薛公は王の意向を言い当てたいと思い、そこで十個の耳飾りを献上し、そのうち一つだけを特に美しくしておいた。翌日、その美しい耳飾りがどこにあるかを尋ねた。そして、その持ち主を立てて王后とするよう勧めた。斉王は大いに喜び、薛公を重んじた。だから、君主の望みが外に現れれば、臣下に操られることになる。だから老子は言った、「その口を塞ぎ、その門を閉ざせば、生涯疲れない」。
解説
王の意中の人を、直接訊かずに探り当てる手口です。十個のうち一つだけを目立たせて配り、翌日その行方を尋ねる。誰に贈られたかで答えが出る。薛公はそれを自分の進言として出し、信任を得ます。問題は当てられた側で、「人主の意欲 外に見わるれば、則ち人臣の制する所と爲る」。好みが読まれた時点で、選ばせているつもりが選ばされている。
この章句が説くこと
斉の王后死す王後を置かんと欲して未だ定まらず薛公王の意に中らんと欲し因りて十珥を献じて其の一を美にす旦日因りて美珥の在る所を問う人主の意欲外に見わるれば則ち人臣の制する所と為る其の兌を塞ぎ其の門を閉ざせば終身勤れず好み
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