淮南子 / 主術訓
是以執政阿主,而有過則無以責之。有罪而不誅,則百官煩亂,智弗能解也;毀譽萌生,而明不能照也。不正本而反自然,則人主逾勞,人臣逾逸,是猶代庖宰剝牲,而為大匠斫也。與馬競走,筋絕而弗能及,上車執轡,則馬死於衡下。故伯樂相之,王良禦之,明主乘之,無禦相之勞而致千里者,乘於人資以為羽翼也。是故君人者,無為而有守也,有為而無好也。有為則讒生,有好則諛起。昔者齊桓公好味,而易牙烹其首子而餌之;虞君好寶,而晉獻以璧馬釣之;胡王好音,而秦穆公以女樂誘之。是皆以利見制於人也。故善建者不拔。夫火熱而水滅之,金剛而火銷之,木強而斧伐之,水流而土遏之,唯造化者,物莫能勝也。故中欲不出謂之扃,外邪不入謂之塞。中扃外閉,何事之不節!外閉中扃,何事之不成?弗用而後能用之,弗為而後能為之。精神勞則越,耳目淫則竭。
新字:是以執政阿主,而有過則無以責之。有罪而不誅,則百官煩乱,智弗能解也;毀誉萌生,而明不能照也。不正本而反自然,則人主逾労,人臣逾逸,是猶代庖宰剝牲,而為大匠斫也。与馬競走,筋絶而弗能及,上車執轡,則馬死於衡下。故伯楽相之,王良禦之,明主乗之,無禦相之労而致千里者,乗於人資以為羽翼也。是故君人者,無為而有守也,有為而無好也。有為則讒生,有好則諛起。昔者斉桓公好味,而易牙烹其首子而餌之;虞君好宝,而晉献以璧馬釣之;胡王好音,而秦穆公以女楽誘之。是皆以利見制於人也。故善建者不抜。夫火熱而水滅之,金剛而火銷之,木強而斧伐之,水流而土遏之,唯造化者,物莫能勝也。故中欲不出謂之扃,外邪不入謂之塞。中扃外閉,何事之不節!外閉中扃,何事之不成?弗用而後能用之,弗為而後能為之。精神労則越,耳目淫則竭。
書き下し
是を以て執政 主に阿りて、過ち有るも以て之を責むる無し。罪有りて誅せざれば、則ち百官 煩亂して、智も解く能わず。毀譽 萌生して、明も照らす能わず。本を正さずして自然に反らざれば、則ち人主 逾々勞し、人臣 逾々逸す。是れ猶お庖宰に代わりて牲を剝ぎ、大匠の為に斫るがごとし。馬と走を競えば、筋 絕ゆるも及ぶ能わず。車に上り轡を執れば、則ち馬 衡の下に死す。故に伯樂 之を相し、王良 之を禦し、明主 之に乘れば、禦相の勞無くして千里を致すは、人の資に乘じて以て羽翼と為せばなり。是の故に人に君たる者は、無為にして守る有り、有為にして好む無し。有為なれば則ち讒 生じ、好む有れば則ち諛 起こる。昔者 齊の桓公 味を好みて、易牙 其の首子を烹て之を餌にす。虞君 寶を好みて、晉獻 璧馬を以て之を釣る。胡王 音を好みて、秦穆公 女樂を以て之を誘う。是れ皆な利を以て人に制せらるるなり。故に善く建つる者は拔けず。夫れ火は熱くして水 之を滅し、金は剛くして火 之を銷かし、木は強くして斧 之を伐り、水は流れて土 之を遏む。唯だ造化なる者のみ、物 能く勝つ莫し。故に中欲 出でざる、之を扃と謂い、外邪 入らざる、之を塞と謂う。中 扃し外 閉ざせば、何事か節せざらん。外 閉ざし中 扃せば、何事か成らざらん。用いずして後に能く之を用い、為さずして後に能く之を為す。精神 勞すれば則ち越え、耳目 淫すれば則ち竭く。
現代語訳
こうして政を執る者は主に迎合し、過ちがあっても責める術がない。罪があるのに誅しなければ、百官は乱れて、知恵でも解けない。そしりと誉れが芽を出し、明るさでも照らせない。根本を正さず自然に返らなければ、君主はますます苦労し、臣下はますます楽をする。これは料理人に代わって牲を捌き、大工に代わって木を削るようなものだ。馬と走りを競えば、筋が切れても追いつけない。車に乗って手綱を執れば、馬は轅の下で死ぬ。だから伯楽が見立て、王良が御し、明君がそれに乗れば、御し見立てる苦労なしに千里に至る。人の資質に乗って羽としているからである。だから人の上に立つ者は、何もしないが守るものがあり、行うにしても好むものを持たない。行いがあれば讒言が生じ、好みがあればへつらいが起こる。昔、斉の桓公が味を好んだので、易牙は自分の長男を煮て食わせた。虞の君が宝を好んだので、晋の献公は玉と馬でこれを釣った。胡王が音楽を好んだので、秦の穆公は女楽で誘い出した。これはみな利によって人に制せられたのである。だからよく建てたものは抜けない。火は熱いが水が消し、金は堅いが火が溶かし、木は強いが斧が伐り、水は流れるが土がせき止める。ただ造化だけは、何ものも勝てない。だから内の欲が出ないことを閂といい、外の邪が入らないことを塞という。内に閂をかけ外を閉ざせば、何事が節を得ないだろう。外を閉ざし内に閂をかければ、何事が成らないだろう。用いないでいてはじめて用いることができ、行わないでいてはじめて行うことができる。精神は疲れれば越え出て、耳目は溺れれば尽きる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『淮南子』主術訓故に曰く、欲す可からしむる勿かれ、求めずと曰う毋かれ。奪う可からしむる勿かれ、爭わずと曰う毋かれ、と。此くのごとくんば、則ち人材 釋かれて公道 行わる。美なる者は度に正しくして、足らざる者は用に建つ。故に海內 一にす可きなり。夫れ職事を釋てて非譽を聽き、公勞を棄てて朋黨を用うれば、則ち奇材 佻長して次を幹し、官を守る者は雍遏せられて進まず。此くのごとくんば、則ち民俗 國に亂れて、功臣 朝に爭う。故に法律度量なる者は、人主の下を執る所以なり。之を釋てて用いざるは、是れ猶お轡銜無くして馳するがごとし。群君百姓 反って其の上を弄ぶ。是の故に術有れば則ち人を制し、術無ければ則ち人に制せらる。舟を吞むの魚も、蕩ちて水を失えば、則ち螻蟻に制せらる。其の居を離るればなり。猿狖も木を失いて、狐狸に禽にせらる。其の處に非ざればなり。人に君たる者 守る所を釋てて臣下と爭えば、則ち有司は無為を以て位を持し、職を守る者は君に從いて容を取る。是を以て人臣 智を藏して用いず、反って事を以て其の上に轉任す。夫れ富貴なる者の勞に於けるや、達事なる者の察に於けるや、驕恣なる者の恭に於けるや、勢 君に及ばず。人に君たる者 能に任ぜずして自ら之を為すを好めば、則ち智 日に困しみて自ら其の責を負う。數 下に窮まれば、則ち理を伸ぶる能わず。行い 國に墮つれば、則ち專制する能わず。智 以て治を為すに足らず、威 以て誅を行うに足らざれば、則ち以て天下と交わる無し。喜怒 心に形るる者は、欲 外に見る。則ち職を守る者は正を離れて上に阿り、有司は法を枉げて風に從う。賞 功に當たらず、誅 罪に應ぜず、上下 心を離して、君臣 相い怨むなり。
-
『淮南子』主術訓君人の道は、靜に處りて以て身を修め、儉約にして以て下を率う。靜かなれば則ち下 擾れず、儉なれば則ち民 怨まず。下 擾るれば則ち政 亂れ、民 怨めば則ち德 薄し。政 亂るれば則ち賢者 為に謀らず、德 薄ければ則ち勇者 為に死せず。是の故に人主 鷙鳥猛獸、珍怪奇物を好み、狡躁康荒にして、民力を愛しまず、馳騁田獵し、出入 時ならざれば、此くのごとくんば、則ち百官 務め亂れ、事 勤めて財 匱しく、萬民 悉く苦しみ、生業 修まらず。人主 高臺深池、雕琢刻鏤、黼黻文章、絺綌綺繡、寶玩珠玉を好めば、則ち賦斂 度無くして、萬民の力 竭く。
-
『淮南子』主術訓聖主の治や、其れ猶お造父の禦のごとし。之を轡銜の際に齊輯して、之を唇吻の和に急緩し、度を胸臆の中に正して、節を掌握の間に執る。內は心中に得て、外は馬志に合す。是の故に能く進退 繩を履み、旋曲 規に中たり、道を取りて遠きを致して、氣力 餘り有り。誠に其の術を得ればなり。是の故に權勢なる者は、人主の車輿なり。大臣なる者は、人主の駟馬なり。體 車輿の安きを離れて、手 駟馬の心を失いて、能く危うからざる者は、古今 未だ有らざるなり。是の故に輿馬 調わざれば、王良も以て道を取るに足らず。君臣 和せざれば、唐・虞も以て治を為す能わず。術を執りて之を禦すれば、則ち管・晏の智も盡く。分を明らかにして以て之を示せば、則ち蹠・蹻の奸も止む。夫れ除に據りて井底を窺えば、達視と雖も猶お其の晴を見る能わず。明を鑒に借りて以て之を照らせば、則ち寸分も得て察す可し。是の故に明主の耳目は勞せず、精神は竭きず。物 至りて其の象を觀、事 來たりて其の化に應ず。近き者は亂れず、遠き者は治まるなり。是の故に適然の數を用いずして、必然の道を行う。故に萬舉して遺策無し。今夫れ禦者、馬體 車に調い、禦心 馬に和すれば、則ち險を歷て遠きを致し、進退周遊、志のごとくならざる莫し。騏驥騄駬の良有りと雖も、臧獲 之を禦すれば、則ち馬 反って自ら恣にして、人 制する能わず。故に治むる者は其の自ら是とするを貴ばずして、其の非を為すを得ざるを貴ぶ。
-
『淮南子』主術訓人主の術は、無為の事に處りて、不言の教を行う。清靜にして動かず、一度にして搖がず、因循して下に任せ、成るを責めて勞せず。是の故に心 規るを知れども師傅 諭導し、口 能く言えども行人 辭を稱え、足 能く行けども相者 先導し、耳 能く聽けども執正 諫を進む。是の故に慮に失策無く、謀に過事無く、言は文章と為り、行いは天下に儀錶と為る。進退 時に應じ、動靜 理に循い、醜美好憎の為にせず、賞罰喜怒の為にせず。名は各々自ら名づけ、類は各々自ら類し、事は自然に猶いて、己より出づる莫し。故に古の王者、冕して前に旒あるは明を蔽う所以なり。黈纊もて耳を塞ぐは聰を掩う所以なり。天子の外屏は自ら障る所以なり。故に理むる所の者遠ければ、則ち在る所の者は邇し。治むる所の者大なれば、則ち守る所の者は小なり。
-
『淮南子』主術訓天下は多く名聲に眩みて、其の實を察する寡なし。是の故に處人は譽を以て尊ばれ、遊者は辯を以て顯る。其の尊顯せらるる所を察するに、它の故無し。人主 分數利害の地に明らかならずして、眾口の辯を賢とすればなり。治國は則ち然らず。事を言う者は必ず法に究め、行いを為す者は必ず官に治む。上は其の名を操りて以て其の實を責め、臣は其の業を守りて以て其の功を效す。言は其の實に過ぐるを得ず、行いは其の法を逾ゆるを得ず。群臣 輻湊して、敢えて君を專らにする莫し。事の法律の中に在らずして、以て國に便に治を佐く可き者は、必ず之を參五し、陰かに考えて以て其の歸を觀、並びに用い周く聽きて、以て其の化を察す。一曲に偏せず、一事に黨せず。是を以て中立して遍く、運照 海內、群臣 公正にして、敢えて邪を為す莫く、百官 職を述べて、務めて其の公跡を致すなり。主 上に精明にして、官 下に力を勸む。奸邪 跡を滅し、庶功 日々に進む。是を以て勇者は軍に盡くす。
-
『淮南子』主術訓故に有道の主は、想を滅し意を去り、清虛にして以て待ち、言を伐らず、事を奪わず、名に循いて實を責め、有司をして、任じて詔げず、責めて教えず、知らざるを以て道と為し、奈何を以て寶と為さしむ。此くのごとくんば、則ち百官の事、各々守る所有り。權勢の柄を攝れば、其の民を化するに於けるや易し。衛君 子路を役するは、權の重ければなり。景・桓公 管晏を臣とするは、位の尊ければなり。怯 勇を服し愚 智を制するは、其の勢に托する所の者 勝てばなり。故に枝は幹より大なるを得ず、末は本より強からざれば、則ち輕重大小、以て相い制する有るなり。五指の臂に屬するがごとく、搏援攫捷、志のごとくならざる莫し。小の大に屬するを言うなり。是の故に勢の利を得たる者は、持する所 甚だ小にして、其の存する所 甚だ大なり。守る所 甚だ約にして、制する所 甚だ廣し。是の故に十圍の木は、千鈞の屋を持す。五寸の鍵は、開闔の門を制す。豈に其の材の巨小の足れるならんや。居る所 要なればなり。孔丘・墨翟は、先聖の術を修め、六藝の論に通じ、口に其の言を道い、身に其の志を行う。義を慕い風に從いて、之が為に服役する者は數十人に過ぎず。天子の位に居らしめば、則ち天下 遍く儒・墨と為らん。楚の莊王 文無畏の宋に死せるを傷みて、袂を奮いて起てば、衣冠 道に相い連なり、遂に軍を宋城の下に成す。權の重ければなり。楚の文王 獬冠を服するを好みて、楚國 之に效う。趙の武靈王 貝帶鵔鸃して朝すれば、趙國 之に化す。匹夫布衣に在らしめば、獬冠を冠り、貝帶・鵔鸃して朝すと雖も、則ち人の笑いと為るを免れざるなり。