淮南子 / 道應訓
文王砥德修政,三年而天下二垂歸之。紂聞而患之,曰:「余夙興夜寐,與之競行,則苦心勞形,縱而置之,恐伐余一人。」崇侯虎曰:「周伯昌行仁義而善謀,太子發勇敢而不疑,中子旦恭儉而知時。若與之從,則不堪其殃;縱而赦之,身必危亡。冠雖弊,必加於頭。及未成,請圖之。」屈商乃拘文王於羑里。於是散宜生乃以千金求天下之珍怪,得騶虞、鷄斯之乘,玄玉百工,大貝百朋,玄豹、黃羆、靑豻、白虎文皮千合,以獻於紂。因費仲而通。紂見而説之,乃免其身,殺牛而賜之。文王歸,乃爲玉門,築靈臺,相女童,撃鐘鼓,以待紂之失也。紂聞之,曰:「周伯昌改道易行,吾無憂矣。」乃爲炮烙,剖比干,剔孕婦,殺諫者。文王乃遂其謀。故老子曰:「知其榮,守其辱,爲天下穀。」
新字:文王砥徳修政,三年而天下二垂帰之。紂聞而患之,曰:「余夙興夜寐,与之競行,則苦心労形,縦而置之,恐伐余一人。」崇侯虎曰:「周伯昌行仁義而善謀,太子発勇敢而不疑,中子旦恭倹而知時。若与之従,則不堪其殃;縦而赦之,身必危亡。冠雖弊,必加於頭。及未成,請図之。」屈商乃拘文王於羑里。於是散宜生乃以千金求天下之珍怪,得騶虞、鶏斯之乗,玄玉百工,大貝百朋,玄豹、黄羆、青豻、白虎文皮千合,以献於紂。因費仲而通。紂見而説之,乃免其身,殺牛而賜之。文王帰,乃為玉門,築霊台,相女童,撃鐘鼓,以待紂之失也。紂聞之,曰:「周伯昌改道易行,吾無憂矣。」乃為炮烙,剖比干,剔孕婦,殺諫者。文王乃遂其謀。故老子曰:「知其栄,守其辱,為天下穀。」
書き下し
文王 德を砥ぎ政を修め、三年にして天下の二垂 之に歸す。紂 聞きて之を患えて曰く、「余 夙に興き夜に寐ね、之と行いを競わば、則ち心を苦しめ形を勞す。縱にして之を置かば、余 一人を伐たんことを恐る」と。崇侯虎曰く、「周伯昌は仁義を行いて善く謀り、太子發は勇敢にして疑わず、中子旦は恭儉にして時を知る。若し之と從わば、則ち其の殃に堪えず。縱にして之を赦さば、身 必ず危亡せん。冠 弊ると雖も、必ず頭に加う。未だ成らざるに及びて、請う之を圖らん」と。屈商 乃ち文王を羑里に拘う。是に於いて散宜生 乃ち千金を以て天下の珍怪を求め、騶虞・鷄斯の乘、玄玉百工、大貝百朋、玄豹・黃羆・靑豻・白虎の文皮千合を得て、以て紂に獻ず。費仲に因りて通ず。紂 見て之を説び、乃ち其の身を免じ、牛を殺して之に賜う。文王 歸り、乃ち玉門を爲り、靈臺を築き、女童を相し、鐘鼓を撃ちて、以て紂の失を待つ。紂 之を聞きて曰く、「周伯昌 道を改め行いを易う。吾 憂い無し」と。乃ち炮烙を爲り、比干を剖き、孕婦を剔き、諫むる者を殺す。文王 乃ち其の謀を遂ぐ。故に老子曰く、「其の榮を知り、其の辱を守り、天下の穀と爲る」と。
現代語訳
文王が徳を研ぎ政を整え、三年で天下の三分の二が帰服した。紂はそれを聞いて憂えて言った、「私が朝早く起き夜に寝て、あの者と行いを競えば、心を苦しめ体を疲れさせる。放っておけば、私を討たれるのが怖い」。崇侯虎は言った、「周の伯昌は仁義を行い謀に優れ、太子の発は勇敢で迷わず、次子の旦は恭しく倹しく時を知っています。従えばその災いに堪えられず、放して赦せば身が必ず危うくなります。冠は破れていても必ず頭に載せるもの。相手が成りきらないうちに、手を打ちましょう」。屈商は文王を羑里に拘留した。そこで散宜生は千金で天下の珍しいものを求め、騶虞や鶏斯の馬、玄い玉百対、大きな貝百組、黒豹や黄熊や青い野犬や白虎の毛皮千枚を手に入れて、紂に献上した。費仲を通じて取り次いだ。紂は見て喜び、文王を釈放し、牛を殺して賜った。文王は帰ると、玉の門を造り、霊台を築き、少女を選び、鐘や太鼓を鳴らして、紂の失政を待った。紂はそれを聞いて言った、「周の伯昌は道を改め行いを変えた。もう心配ない」。そして炮烙の刑を作り、比干の胸を裂き、身重の女の腹を裂き、諫める者を殺した。文王はその謀を遂げた。だから老子は言った、「その栄えを知って、その辱めを守れば、天下の谷となる」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 周本紀崇侯虎西伯を殷の紂に譖して曰く、「西伯善を積み徳を累ね、諸侯皆之に向かふ。将に帝に不利ならんとす」と。帝紂乃ち西伯を羑里に囚ふ。閎夭の徒之を患ふ。乃ち有莘氏の美女、驪戎の文馬、有熊の九駟、他の奇怪の物を求め、殷の嬖臣費仲に因りて之を紂に献ず。紂大いに説びて、曰く、「此の一物以て西伯を釈すに足る、況んや其の多きをや」と。乃ち西伯を赦し、之に弓矢斧鉞を賜ひ、西伯をして征伐するを得しむ。曰く、「西伯を譖する者は、崇侯虎なり」と。西伯乃ち洛西の地を献じ、以て紂に炮格の刑を去らんことを請ふ。紂之を許す。
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『淮南子』要略文王の時、紂 天子と爲り、賦斂 度無く、殺戮 止む無し。康梁沉湎、宮中 市を成す。炮烙の刑を作爲し、諫むる者を刳き、孕婦を剔く。天下 心を同じくして之に苦しむ。文王 四世 善を累ね、德を修め義を行い、岐周の間に處る。地 方 百里に過ぎざるも、天下の二垂 之に歸す。文王 卑弱を以て強暴を制し、以て天下の爲に殘を去り賊を除きて王道を成さんと欲す。故に太公の謀 生ず。
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呂氏春秋・行論③昔者、紂、無道を為し、梅伯を殺して之を醢にし、鬼侯を殺して之を脯にし、以て諸侯を廟に禮す。文王流涕して之を咨く。紂、其の畔かんことを恐れ、文王を殺して周を滅ぼさんと欲す。文王曰く、「父無道なりと雖も、子敢て父に事えざらんや。君不惠なりと雖も、臣敢て君に事えざらんや。孰か王にして畔く可けんや。」紂乃ち之を赦す。天下之を聞き、文王を以て上を畏れて下を哀れむと為す。詩に曰く、「惟れ此の文王、小心翼翼たり、昭らかに上帝に事え、聿に多福を懷せり。」
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呂氏春秋・順民③文王、岐に處り紂に事う。冤侮せらるれども雅遜にして、朝夕必ず時にし、上貢必ず適し、祭祀必ず敬む。紂喜び、文王に命じて西伯と稱せしめ、之に千里の地を賜う。文王載拜稽首して辭して曰く、「願わくは民の為に炮烙の刑を去らんことを請う。」文王、千里の地を惡むに非ず。以て民の為に炮烙の刑を去らんことを請うは、必ず民心を得んと欲すればなり。民心を得れば則ち千里の地より賢る。故に曰く、文王は智なり、と。
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『淮南子』道應訓武王 太公に問いて曰く、「寡人 紂を伐ちて天下す。是れ臣にして其の主を殺し、下にして其の上を伐つなり。吾 後世の用兵 休まず、鬥爭 已まざるを恐る。之を爲すこと奈何」と。太公曰く、「甚だ善し、王の問いや。夫れ未だ獸を得ざる者は、唯だ其の創の小なるを恐る。已に之を得れば、唯だ肉を傷むるの多きを恐る。王 若し久しく之を持せんと欲せば、則ち民を兌に塞ぎ、道 全く無用の事、煩擾の教を爲さば、彼 皆な其の業を樂しみ、其の情に供し、昭昭として冥冥に道かん。是に於いて乃ち其の瞀を去りて之に木を載せ、其の劍を解きて之に笏を帶びしむ。之が爲に三年の喪あり、類をして蕃らざらしめ、髙辭卑讓、民をして爭わざらしむ。酒肉以て之を通じ、竽瑟以て之を娯しませ、鬼神以て之を畏れしめ、繁文滋禮以て其の質を弇い、厚葬久喪以て其の家を亶くし、含珠鱗・施綸組以て其の財を貧しくし、深く鑿ち髙く壟して以て其の力を盡くさしむ。家 貧しく族 少なく、患を慮る者 貧しからん。此を以て風を移さば、以て天下を持して失わざる可し」と。故に老子曰く、「化して作らんと欲すれば、吾 將に之を鎭むるに無名の樸を以てせんとす」と。
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『韓非子』難二第三十七且つ夫れ囷倉を発して貧窮に賜ふ者は、是れ功無きを賞するなり。囹圄を論じて薄罪を出だす者は、是れ過を誅せざるなり。夫れ功無きを賞すれば、則ち民偸幸して上に望む。過を誅せざれば、則ち民懲りずして非を為し易し。此れ乱の本なり、安んぞ以て恥を雪ぐ可けんや。昔者文王盂を侵し、莒に克ち、酆を挙ぐ、三たび事を挙げて紂之を悪む。文王乃ち懼れ、洛西の地、赤壌の国方千里を入れて、以て炮烙の刑を解かんことを請ふ。天下皆説ぶ。仲尼之を聞きて、曰く、「仁なるかな、文王。千里の国を軽んじて炮烙の刑を解かんことを請ふ。智なるかな、文王。千里の地を出だして天下の心を得たり」と。或ひと曰く、仲尼文王を以て智と為すは、亦過たずや。夫れ智なる者は、禍難の地を知りて之を辟くる者なり、是を以て身患に及ばざるなり。文王の紂に悪まるる所以の者をして、其の人心を得ざるを以てならしめば、則ち人心を索めて以て悪を解くと雖も可なり。

人生を、一行の式にしてみた。
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