淮南子 / 道應訓
王壽負書而行,見徐馮於周,徐馮曰:「事者,應變而動,變生於時,故知時者無常行。書者,言之所出也。言出於知者,知者藏書。」於是王壽乃焚書而舞之。故老子曰:「多言數窮,不如守中。」
新字:王寿負書而行,見徐馮於周,徐馮曰:「事者,応変而動,変生於時,故知時者無常行。書者,言之所出也。言出於知者,知者蔵書。」於是王寿乃焚書而舞之。故老子曰:「多言数窮,不如守中。」
書き下し
王壽 書を負いて行く。徐馮を周に見る。徐馮曰く、「事なる者は、變に應じて動く。變は時に生ず。故に時を知る者に常行無し。書なる者は、言の出づる所なり。言は知者より出づ。知者は書を藏す」と。是に於いて王壽 乃ち書を焚きて之を舞う。故に老子曰く、「多言なれば數ば窮す、中を守るに如かず」と。
現代語訳
王寿が書物を背負って歩いていた。周で徐馮に会った。徐馮は言った、「事というものは、変化に応じて動く。変化は時から生じる。だから時を知る者に決まった行い方はない。書物は言葉の出たあとのものだ。言葉は知る者から出る。知る者は、それを内にしまっている」。そこで王寿は書物を焼き、その火のまわりで舞った。だから老子は言った、「言葉が多ければしばしば行き詰まる。内を守るに越したことはない」。
解説
書物を担いで歩く姿は、そのまま学びの重さの比喩になっています。徐馮の理屈は二段で、まず「時を知る者に常行無し」。決まったやり方は時が変われば使えない。次に「書なる者は、言の出づる所なり」。書物は言葉が出たあとの残りだ、と。聞いた王寿がその場で焼いて舞う、という反応の速さが見どころです。なお底本は「知者藏書」で、後の版には「不」を補うものもありますが、二つの証人ともこの形でした。
この章句が説くこと
王寿書を負いて行く事なる者は変に応じて動く変は時に生ず故に時を知る者に常行無し書なる者は言の出づる所なり言は知者より出づ多言なれば数ば窮す中を守るに如かず書物
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