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淮南子 / 道應訓

田駢以道術説齊王,王應之曰:「寡人所有,齊國也。道術雖以除患,願聞國之政。」田駢對曰:「臣之言無政,而可以爲政。譬之若林木無材,而可以爲材。願王察其所謂,而自取齊國之政焉已。雖無除其患害,天地之間,六合之内,可陶冶而變化也。齊國之政,何足問哉!」此老聃之所謂「無狀之狀,無物之象」者也。若王之所問者,齊也;田駢所稱者,材也。材不及林,林不及雨,雨不及陰陽,陰陽不及和,和不及道。

新字:田駢以道術説斉王,王応之曰:「寡人所有,斉国也。道術雖以除患,願聞国之政。」田駢対曰:「臣之言無政,而可以為政。譬之若林木無材,而可以為材。願王察其所謂,而自取斉国之政焉已。雖無除其患害,天地之間,六合之内,可陶冶而変化也。斉国之政,何足問哉!」此老聃之所謂「無状之状,無物之象」者也。若王之所問者,斉也;田駢所称者,材也。材不及林,林不及雨,雨不及陰陽,陰陽不及和,和不及道。

書き下し

田駢 道術を以て齊王に説く。王 之に應えて曰く、「寡人の有する所は、齊國なり。道術は以て患を除く可しと雖も、國の政を聞かんことを願う」と。田駢 對えて曰く、「臣の言に政無きも、而も以て政を爲す可し。之を譬うれば林木に材無きも、而も以て材と爲す可きが若し。願わくは王 其の謂う所を察して、自ら齊國の政を取らんことを。其の患害を除く無しと雖も、天地の間、六合の内、陶冶して變化す可きなり。齊國の政、何ぞ問うに足らんや」と。此れ老聃の所謂「無狀の狀、無物の象」なる者なり。王の問う所の若き者は、齊なり。田駢の稱する所の者は、材なり。材は林に及ばず、林は雨に及ばず、雨は陰陽に及ばず、陰陽は和に及ばず、和は道に及ばず。

現代語訳

田駢が道術によって斉王に説いた。王は応えて言った、「私が持っているのは斉の国だ。道術で患いを除けるとしても、国の政について聞きたい」。田駢は答えた、「私の言葉に政はありませんが、それで政を行えます。たとえば林の木には材そのものはありませんが、そこから材が取れるようなものです。どうか王がその意味を察して、自ら斉の政を取られますよう。その患いや害を直接除かなくても、天地のあいだ、六合の内は、こねて変えていけるのです。斉の国の政など、問うに足りましょうか」。これが老子のいう「かたちのないもののかたち、物のないものの象」である。王が問うたのは斉であり、田駢が語ったのは材である。材は林に及ばず、林は雨に及ばず、雨は陰陽に及ばず、陰陽は和に及ばず、和は道に及ばない。

解説

王は具体的な政策を聞きたがり、田駢は「私の言葉に政はないが、それで政ができる」と返します。林の木そのものは材ではないが、材はそこから出る。話の階層が噛み合っていない場面ですが、末尾の五段が効きます。「材は林に及ばず、林は雨に及ばず、雨は陰陽に及ばず、陰陽は和に及ばず、和は道に及ばず」。欲しいものから一段ずつさかのぼると、答えは遠くにある、と。

この章句が説くこと

田駢道術を以て斉王に説く臣の言に政無きも而も以て政を為す可し林木に材無きも而も以て材と為す可きが若し無状の状無物の象材は林に及ばず林は雨に及ばず雨は陰陽に及ばず和は道に及ばず根源

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